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流れ星

むかしグールドの弾くパルティータの3番だか何番だかの出だしを「流れ星のような」と譬えたミニコミ誌の記事があった(たしか京都を旅行中に読んだ)。って、不確か極まりない記憶ですが、ともかく、流れ星のようなパッセージ、演奏。素敵ですよね。

  オルゴールの終りの音は流れ星  花谷 清

流れ星の、あの、実際にはおsれほどはっきりとは見えない仄かな航跡は、ピアノよりもむしろオルゴール。こういうロマンティックな句もいいものです。

掲句は句集『森は聖堂』(2011年5月10日・角川書店)より。ほかに何句か。

  積石の石みな違う鳥雲に

  八月や水平線は線ならず

  鶏頭花好まず植えず見にゆかず

  真夏日の森は聖堂鳥睡り

  全館冷房マスターキーの置きどころ

  禁煙マークのけむり二筋日脚伸ぶ


by tenki00 | 2011-09-19 22:00 | haiku-manyuuki

くにたち句会(9月)のお知らせ

9月25日(日) 14:00 JR国立駅南口集合。
句会場所:キャットフィッシュ(予定) 確定したら、また告知します。

席題10題程度。

初めての方も久しぶりも方も御常連様も、どなたもお気軽に。



by tenki00 | 2011-09-19 12:00 | etc

カンナ

カンナという花を好きだという人は少ないと思う。根拠はないけれど。

大雑把で押しが強い感じの花。それだけに存在感はあるのだけれど。

  不眠症カンナに雨の来てをりぬ  藤崎幸恵

不眠症は経験がないが、眠りたくても眠れないのであれば、世界は、小さなディストピアでもあるでしょう。どぎつく赤いカンナの花を、さつに大きな葉に、雨が来る。

どう良いのかうまく言えなくて、それでも好きだという句がたくさんあって、この句もその手の句。


『異空間』(2011年3月・角川書店より。他に何句か。

  紫陽花の隙間混沌雲と水

  夏草や中州に光る警察官

  対岸の原子炉真白麦の秋

  千ヘクトパスカルわれに黴の花

  草刈つてよりの眠気でありにけり


【参考】
:閑中俳句日記(別館)-関悦史
:俳句と主夫の間で
:夜空へ

by tenki00 | 2011-09-18 22:00 | haiku-manyuuki

豆腐屋

くにたちの西(ってのは住所なんだけど、中とか東とか富士見台とか、ある)あたりでは、かなり最近まで、自転車を押してくる豆腐屋さんがいた。

  豆腐屋の喇叭に五時のもう暗し  池田澄子

あのオッチャン、まだ元気かなあ。西の住所に暮らしていたときは、よく買った。引っ越してすぐのときは、その部屋の前の住人が、とあるフォーク歌手だったことを教えてくれたりして。

豆腐屋と季語「暮れやすし」はぴったり寄り添っている気がするです。


掲句は句集『拝復』(2011年8月・ふらんす堂)より。


by tenki00 | 2011-09-17 22:00 | haiku-manyuuki

平和

実際のところ、毎日、おおむね平和なわけでして。

  秋の蚊に吸はれて平和だと思ふ  仁平 勝

はい、平和といえば平和。

もちろん、1時間後に、私を取り巻く状況が平和なんぞととても言えないものになるかもしれませんが…。

それはいわゆる「3.11」以降も? んんん、どうなんでしょう?

誰かがそれどころじゃなく、別の誰かはそれどころ、というのは、いつもそうなんですしね。それに、「これは平和じゃない」と継続して思い続けることは、少なくとも私のような凡人にはそうとう難しい。


ただし、平和だからといって、ハッピー!ハッピー!てなことなのかというと、それはそうではなくてね、なんだか、どよ~んとはしているわけです。

で、こんな捉え方も、たしかにありますですよ。はい。
いい国すぎて危機感がもてない



掲句は『黄金の街』(2010年11月・ふらんす堂)より。この句集、ゴールデン街というタイトルの趣向から連想するのと少し違う、脱力系のおもしろい句が並んでいます。かなり好みでした。引くと、たくさんになりすぎますので、3句だけ。

  靖国の暑いの暑くないのつて

  八月の町が停電してをりぬ

  元日のもう夕めしになつてをり


by tenki00 | 2011-09-16 22:00 | haiku-manyuuki

寝かせる

俳句雑誌の新年号に新年の句が載る。雑誌の制作過程からすると、1か月から数カ月前の入稿です。正月にもなっていない、ひょっとするとまだ冬とも言えない時期に新年の句を詠むというわけで、これってどーなの?という声がありました。まあ、その是非を問う、とまでは行かなくてもね。

ところが、あるとき、80代の大ベテラン俳人から、「俳誌に載せる句は、1年くらい寝かせてからにしている」と聞き、あ、なるほど、と。

それなら、10月に入稿する新年の句は、その年のお正月(10か月ほど前)に、≪リアル≫に詠んだ句、ということも可能なわけで、以来、「新年号に新年の句が載る」ことに不自然さを感じなくなりました。


私自身、最近は、発行時期に合わせて句を寄稿します。秋に出るなら、夏の入稿の際、去年の秋に作った句を中心にラインナップを考えます。

もうすぐ『月天』という句誌の今年号が出るはずですが、そこには、晩春から夏にかけての句20句を並べました。

「え? もう秋なのに?」って?

はい。夏に出るはずが、私の原稿(散文)が恐ろしく遅れたせいで、秋になっちゃったんです。すみません。すみませんとしか言いようがなかです。


by tenki00 | 2011-09-16 12:00 | haiku

月光の脚

水に月光がふりそそぐ。それはそれは美しいシーンなのですが、

  月光の脚折れてゐる水面下  米岡隆文

水面を通り越して、水の中にまで射す月光に思いの到る、この句。なんと幻想的でしょう。


句意を曲解することになるかもしれませんが、このアルバムジャケットを思い出しました。
d0022722_22523829.jpg



掲句は歌句集『隆』(2011年7月・邑書林)より。他に何句か。

  朝顔は小さき湖を抱へ揺る

  水底へ傘ごと海月弾かれる

  大空に月ありわれに鏡あり

  春宵やずれて鳴るのがオルゴール

  風船の外側も内側も風


by tenki00 | 2011-09-15 22:00 | haiku-manyuuki

月光

きれいな満月を見ました。

  海は今しづかに月光の器  奥坂まや

ドビュッシーの「月の光」はこちら。
http://hw02.blogspot.com/2011/09/clair-de-lune.html

掲句は奥坂まや第3句集句集『妣の国』(2011年6月6日・ふらんす堂)より。他にいくつか。

  眼帯の瞼重たし蛭泳ぐ

  曼珠沙華茎に速度のありにけり

  雪降り来心臓模型硝子のなか

  坂道の上はかげろふみんな居る

  老人が二人サボテンが二本

  桃の在るのは人生のちよつと外

  みんなみは歌湧くところ燕


by tenki00 | 2011-09-14 22:00 | haiku-manyuuki

利己と利他

利己と利他の問題というのがあるわけでして、
人というのは、意外なことに、ずいぶん「人がいい」ものです。/ついつい、人は、他の誰かを喜ばせるために(あるいは、人と喜び合うために)生きてしまう。群れなす猿から生まれた私たちは、たぶん、そういうふうにできている。 
『週刊俳句』第229号・後記(上田信治)

ありゃま、これは、信治さん、モテモテだな、と。「いい人」キャラ、ますます定着?

でも、人って、利己と利他を使い分けている、というのが実際のところではなかろうか。そんなふうに考えるのは性格が悪いから?


ま、それはそれとして、俳句。

これ、不思議なもので、他人や自分が、どういうつもりで俳句をやっているのか、皆目わからないというところがある。「おもしろいから」という、身も蓋もない理由を除いては、さしたる理由が想像ができない。自分についてよくわからないので、他人ならなおさらです。

(自分の場合、なりゆき、というのが、わりあい当たってます。こころざし、というものをまったく持ち合わせなくて、ほんと申し訳ないことです)

先の記事の信治さんのように「誰かを喜ばせるため」と言い切れるかと自問すると、自信たっぷりにイエスとは言えない。けれども、そういう部分がまったくないかというと、そうでもない。まあ、誰かと遊んでいて、何かおもしろいことを言って、人が笑うのを見るのは愉しいわな、と、その程度なら、そうは言えるかもしれない。俳句をつくるのは、どうも、その程度のこととしておいたほうがいいようなのですね。

ただ、そうなると、俳句じゃない軽口のほうが笑えるよなあ、ということにもなり、困ってしまいますが、そこはそれ、笑わせるだけがサービスじゃないと思えば、俳句するときの気持ちが軽くなります。それにまた、定型というものがもたらすおもしろさは、格別だったりもするのですから。


by tenki00 | 2011-09-14 12:00 | haiku

フェイスブック

オッサンらの夢と下心が木っ端微塵に吹っ飛んだ件。
http://www.landerblue.co.jp/blog/?p=1005


Facebook といえば、その創始者の実話が元になった映画「ソーシャル・ネットワーク」(2010年/デヴィッド・フィンチャー監督)は、そこそこおもしろいが、誰ひとりとして魅力的な登場人物がいないという不思議な映画でした。おもしろい映画なら、ふつう、ひとりくらいは、心惹かれる人物、「このひと、いいな」と思う人物がいそうなものですが。

ま、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)全般に、夢や興味を抱いているなら、また別の見方になるのかもしれません。


Facebook というサービスには、登録しないと閲覧できないページがあったので、登録して、そのままにしています。いいかげんな名前だと、退会させられるそうなので、そのうち、アカウントを失効するでしょう。「この人、知り合いかも?」と奨めてくる人が、メールアドレス経由なので、「お、それアタリです」というケースもあれば、「なんで?w」というケースも。実際の肖像写真が多く、全体に、ひじょうナマな感じです。インターネットはナマじゃないところがいいと思っている私としては、どうなんだろうなあ、これは、という感じです。


by tenki00 | 2011-09-13 22:00 | pastime