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月島

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by tenki00 | 2008-07-08 18:12 | sampo

この人には言われたくない

日本には石油も資源もないのだから、資源コスト高のこれから、日本人は、生活レベルが下がることは覚悟しなければならないんだそうだ。

竹中平蔵という人があちこちで言っている。

そりゃあそうかもしれないが、こいつにそんなこと言われたくない。


で、来るのか? 平成プロレタリア俳句。
by tenki00 | 2008-07-06 19:50 | pastime

実年齢って問題になるんでしょうか? こういう場合

猫髭さんの『俳句』2008年7月号を読む(週刊俳句第63号)

座談会「女性が担う俳句の将来」の読み方が、私とずいぶん違う。参照↓
http://weekly-haiku.blogspot.com/2008/06/20087_29.html

(…)酸いも甘いも噛み分けた小手先の技など歯牙にもかけないスピリチュアルなベテランを筆頭に貫禄十分だから、まだテクニックに走りたがる青年が技術論並べても歯が立つわけはない。と猫髭さん。

これを読むと、司会の高柳克弘が全般に「技術」に偏重した論を展開しているように思う人がいるかもしれないが、「技術」うんぬんはもっぱら、星野立子にまつわる箇所。

高柳氏は、立子に、いわば「技術を感じさせない高度な技術」を見て取るが、宇多氏・西村氏は、それを技術とは見ず、議論は噛み合わないまま終わる。両氏は、技術ではなく資質・天与のものと捉え、それゆえ立子の「技術」という視点に賛同できぬように見える。

しかしながら、資質のある人(天才と言ってもいい)とは、凡人にない技術をかるがると駆使してしまう人のことではないのか?

ともあれ、司会者(ホスト)とゲスト(女性3人)という立場で参加した4名の俳人間で「歯が立つか」どうか、という問題ではなく、高柳氏がホスト役をどう果たしたかという問題だと思う。

テーマ(女性と俳句)の下、批評/分析の作業へと持っていこうとする高柳氏は、オバチャンの井戸端会議へと傾きつづけるゲストを前にして、「健闘」と言える。「井戸端会議化」の善し悪しをいうのではない。これはなかなか御しきれるものではない。

(すべてを井戸端会議化してしまう「オバチャン性」を、猫髭さんは「スピリチュアル」と呼んだのだろうか?)

まあ、そのへんは読み方の違いだからいいとして、猫髭さんが「高柳克弘は28歳なので、まだ朝の9時台」と実年齢を問題にする点、どうなのだ?

実年齢を、言論/言説にからませるこのやり方、筆の上のサービスだとしても、看過できない。

何かについてモノを言う、とりわけ「意見」などではなく批評・分析的なモノを言うとき、実年齢など、関係があるのか? 

誰が言うのか、ではなく、何を言っているのかが問題なのだ。

その「誰」という部分には、年齢や性別や諸々の生物学的/社会的条件がくっつく。それらは、言説を聞くときのバイアスにはなっても、決定的要因にはならない。

後期高齢者(悪名高いですね)保険証を「葵の御紋」のように振りかざしながら議論するような議論の場? 出かけたくないなあ。

逆に、若い人と何かをしゃべるとき、タカをくくってしゃべることはしないようにしている。節操からではない。年齢や所属や社会的位置づけ(生物学的/社会的条件)がアテにならないことを経験上知っているからだ(例えば、見た目オトナがバカを言う;私だ。意外な人が、ピピっと焦点の合ったことを言う。一流大学の人のオツムがとっても弱い。等等。世の中、そんなことだらけ)。

この手の座談は、人がまじわるのではない。批評的言語が交叉するのだ。そうでなくてはおもしろくない。

まあ、俳句世間というのは、実年齢がやたら幅を利かすようですね。

  *

ちなみに、実年齢28歳の高柳氏は、俳句年齢82歳くらいだと、私は思っている。その意味でも、猫髭さんのおっしゃる「まだ9時台」という設定にはまったく首肯できない。
by tenki00 | 2008-07-06 08:52 | haiku

あじさい

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いえ、その、あじさいの頃だなあ、と。


あじさいが終わると、ほんとに夏だなあ、と。
by tenki00 | 2008-07-05 22:10 | pastime

「商品」の価値

民也さん曰く
なんでも商品になる時代に、俳句だけが売り物にならないなんて、それでいいのかな。

だから、いいのだと思う。売り物にならないから、いいのだ。

俳句は売り物にならないけれど(一般論ね)、俳句を商売にしているケースはたくさんある。どの程度中途半端な商売かは別にして、雑誌、結社運営、カルチャーセンター、その講師…。

ま、そんないじましい話よりも、あれだ、その、「商品」ということについて。

「商品」の価値が今ほど嵩上げされた時代はないのかもしれない。個別の商品価値という話じゃなくて、「商品」というカテゴリー、概念。その価値。

例えば、〔自分たちが食べるぶんだけ穀物を耕作すること〕と〔誰かが食べる「商品作物」を耕作すること〕と、どっちがエラいか。どっちが価値が高いか。これに明快な答えは出ない。

けれども、このごろ(この何世紀か?)は、「商品」がエラいということになっているようなのだ。

エコロジーの話じゃないです。フードマイレージとか、「かつて東ヨーロッパは西ヨーロッパ先進諸国の『台所』だった」みたいな世界資本主義とか、そんな話じゃない。はたまた、芸術・文学(黴はえてますね、こいつら)としての「清らかさ」を言っているのでもない。

「商品」って、そんなにエラかったっけ?という話。

おとぎ話みたいな譬えになるが、昼寝しているそばに落ちてきた椰子の実が割れて、それを食べて生きていくことの豊かさもあるだろう。つくったものが「貨幣」に替わり、その「貨幣」で食べるものを買うという「ダイナミック」な経済wの外にも豊かさはある。

と、どんどん話が逸れて、同時にエコ(大笑)っぽくなるのが心外。

なんでもかんでも「商品」として商売されていくなかで、俳句が最後まで「商品価値がない、商品にならない」と、メジャーな脈絡(この何世紀かを覆い尽くしているのかもしれない価値観の主流)から、はじかれつづけることは、とても良いことだと思う。

ただし、そのことと、外部との繋がりを持たない「蛸壺状態」とは、まったく別の話ざんす。為念。
by tenki00 | 2008-07-05 01:05 | haiku

メタ meta-

猫髭さん、曰く
俳句は今しか切り取れない。(…)もし、俳句が過去や未来を写し取れるカメラだとするなら、それはメタボカメラだろう。

ここで整理。

参照はメタカメラ@『あかるい俳句』

メタとは、A on B の「A」が「メタB」

カメラ=今を切り取る
メタカメラ=〔今を切り取る〕を切り取る

俳句は過去に遡ってシャッターを切ることが出来る。過去だけじゃなく、未来や未知の世界にも。……メタカメラ@『あかるい俳句』

この場合…

カメラ=過去/未来時点での「今を切り取る」
メタカメラ=〔過去/未来時点での「今を切り取る」〕を、今、切り取る

ややこしいが、そういうことだろう。

 ●

ちなみに、メタ俳句(俳句 on 俳句)というものも存在するはず。これ↓(大好き句!)なんか、メタ俳句だと思う。

  見たことも来たこともなき宇都宮  筑紫磐井
by tenki00 | 2008-07-03 21:43 | haiku

ゼリー

粉末からつくるゼリー。
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トイレの芳香剤の味がした。

食べたことはないんだけど、そんな味。
by tenki00 | 2008-07-03 02:25 | pastime

デイリーベイビー

週刊俳句のデイリーベイビー。

本日スタートした「あかるい俳句」に、うさぽんさんが素敵なネーミング。

DAILIE BABIE と、姑息なスペリングも考えてみたりして…。daily baby で検索すると、子育て日記がヒットしちゃうこともあって。

7月が終わって(ずいぶん先の話をしている)、その先もし再開ということになれば、「あかるい俳句」じゃなくて「デイリーベイビー」でいいかも、ですね。

 ●

ちなみに「あかるい俳句」のほかにも名称候補がありました。

週刊俳句ナノ …iPod
週刊俳句3.0 …ウェブ2.0
俳句ソウル …和名・俳句の魂(はいたま)
俳句トペテルブルク …駄洒落(にもなってない)系
大河内 …意味不明系

 ●

で、話は変わりますが、読むは毎日。

お暇な方、お祭り好きの方は、こちらもどうぞ。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1142520.html
by tenki00 | 2008-07-01 20:10 | haiku