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気持ちの悪い「ほのめかし」

誰を指して言っているのか、わかるようなわからないような、もやもやと気持ちの悪い批評文に頻繁に出くわす。

いや、俳句世間全般の話なんですが。



きょうリリースされた高山れおなさんの次の一文・後半部分に、全面的に同意。

俳句界の文章の通弊は筆者の署名の有無ではなく、しばしば批判の対象をはっきり示さないことだと私は思っています。
http://haiku-space-ani.blogspot.com/2009/02/blog-post_337.html

こう書いたあと、高山さんは、「俳句」二月号の出口善子氏の一文、「「軽くて場当たり的」、それこそが俳句だと名のある先達的存在が高校生あたりを煽動しているのも事実で、今日の新しい一つの風潮を助長している。」を挙げている。この部分は、つい最近読んだこともあり、よく覚えている。

「批判の対象をはっきり示さない」物言いは、まえまえからひどく気になっていた。俳句関連では、この手の批判がきわめて頻繁、例が多いのだ。

このため「週刊俳句」をスタートするにあたって、「こういう記事は掲載しない」のひとつとして「対象を特定しない批評・批判」を挙げた(*)

署名であっても、対象を明示しない「ほのめかし」の物言いは、個人的に「厭」で、それがなぜ「厭」かは説明が難しい。簡単に言えば、卑怯で下品だから、ということなるかもしれないが、少し雑駁すぎる。なんだか、もやもやとした、この厭な空気を分析するのは困難で、厭なものについて詳しく考える気力がない。

ともかく、批判するなら、その対象をはっきりさせる、ということは、ごくふつうの健全な考え方と信じていいはずだ。

というわけで、「匿名批評」に関する論議から派生した高山さんの前掲の一文には同意するのだが、それが、「匿名批評」を「是」とする考え方とどう結びつくのかは、私には不明。ゆっくり自分でかみ砕いてみる気は、今のところは起こらない。

匿名批評について、感覚的・体質的に受けつけない、という以外に、さしたる見解も意見も持たないのが、その理由。したがって、この記事も、豈サイトでは盛り上がっているらしい「匿名批評論議」とは別の場所にある。


(*)当該部分は以下のとおり。
3.対象を特定しない批評・批判
たとえば「某」やイニシャルで対象をうやむやにした批判・批評、婉曲表現で対象を曖昧にした批判・批評は載せません。理由は、対象とされた相手や関係者が反論できないようなのはダメよ、ということです。

週刊俳句とは FAQ による自己紹介
by tenki00 | 2009-02-15 22:02 | haiku
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