昨年12月6日に死んだ山本勝之の四十九日法要が済んだらしい。ここで来世の行き先が決まるという。

  らっきょ噛む転生するなら犀などよし  勝之

1998年10月、彼が俳句を始めてまもない頃の作。来世がどこであろうと、いずれは犀、ということか。



人間は立体である。ある面を見て、知っている気でいても、知らない部分、見ていない面がある。勝之さんを知っている人間が見ている「勝之像」は、それぞれにみな違う。家族の人たちにしてもそうだろう。近しい人はたくさん知っている。それでも、家族の知らない「勝之の一面」を、友人の誰かが知っていたりする。

中嶋憲武さんが勝之さんのことを書いた文章が2つ残されている(いずれもウラハイに掲載)。
●マイルスのリズム
http://hw02.blogspot.com/2008/11/blog-post_17.html
●マスク鳥
http://hw02.blogspot.com/2008/12/blog-post_08.html

この2つの短文のなかにいる山本勝之は、私が知っている彼とは微妙に違う。どこが、という具体的なことではない。

句友の追悼文を集めた百句会報を昨日もらい、読んだが、そこにいる勝之さんも、それぞれに違っている。

ひとりの人間を「こんな人」というとき、どれもウソであり、どれもホントなのだろう。

勝之さん自身はどうかというと、それもきっと、自分のことをぜんぶ知っていたわけではないということになろうか。

犀、ね。

いいのではないか。犀。





山本勝之 喫茶・鍵

天気
贋 札 7句 ode to katsuyuki yamamoto 週刊俳句第88号
俳句漫遊記94 街角に薔薇色の狼の金玉揺れる(勝之)
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by tenki00 | 2009-01-19 01:00 | haiku
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