美しく黴の来てゐる俳句かな 笠井亞子
この句の指し示す句のなんと美しいことか。美しいものを指し示すことのできるテクストもまた美しい。
つまり、この句にはすでに「美しく黴が来てゐる」ということなのだ。いわゆるメタ俳句、かつ自己言及的。
なのに、この句には自己愛が希薄。これも大きな美徳だが、それは「黴」の効果だろう。蛇足だが、ネガティブな素材は、こんなときに最大限の効果を発揮する。例の
「ドブネズミの美しさ」効果。
一方、どんな俳人のどんな句をこの句から連想するかは人によってさまざま。併せて、自分の句のなかに「美しく黴の来て」くれる句が一句でも紛れ込んでいたら、たいそう嬉しいことだろう。
時とともに黴の光を纏うような句? 時間の経過、ではない。古色? それだけではない。説明できるわけがない。
『月天』第10号(2007-08) 「句点。」20句より