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12+5 問題 (6) 連句とのからみ

まだ引っ張るか?

「「十二音技法」が俳句を滅ぼす」問題
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/05/blog-post_3632.html

この記事を読んだとき、まっさきに頭に浮かんだのは、四童さん(遠藤さん)とのチャットの内容だった。四童さんと私は両吟歌仙を巻き、その歌仙をふたりで振り返るという企画(もともとは「豆の木」誌掲載というところから始まったが不掲載に終わった企画)。そのなかに、こんな部分があった。

アフター両吟歌仙・第三夜http://tenki00.exblog.jp/4681623/ より
yondo:: 元も子もないというか、一句の中でひとつのことしか言わない平句の作り方は、俳句プロパーな人からみると「連句をやると俳句が下手になる」の論拠そのものですよね。
じゃあ十七音をたっぷり生かした俳句を作ってみろ、と言いたい。多くの場合、十二音だけ作って適当に季語をくっつけたようなものしかできないくせに。ああ、私は誰に腹を立てているのだろう。
tenki:: 私は「一句の中でひとつのことしか言わない平句」が好きなもんで…。下手でもなんでも、好きだから、しかたがない。「十二音だけ作って適当に季語をくっつけたようなもの」は、「誰でも簡単にできる俳句」として、格好の入門スタイルになった。でも、ニ物衝撃というのが、クセモノだと思う。俳句をやらない人には、この二物衝撃こそが伝わりにくい。
yondo:: 「一句の中でひとつのことしか言わない平句」原理主義者、みたいな俳句、作りたいですよね。いや、これはボヤキではなく平句好き宣言みたいなものです。


この時点で、私は、「5分でできる!かんたん俳句の作り方」というページのことを知っていた。話の流れのなかで「格好の入門スタイル」と言ったとき、このページが頭にあったのだと思う。

四童さんはもちろんのこと、そんなページのことはご存じなく、日頃考えていることを口にしたまでのことだ。

四童さんと私は、俳句の上での知人(いわゆる句友)であると同時に、もしかしたら、それよりむじろ「連句ともだち」という側面が強いかもしれない。つまり「連句好き」なのだ。

連句の付句に切れはない。隣の句との二物衝撃を狙うので、一句内に二物はない。

このときのチャットは、連句を語りながらも、俳句についても興味深い話ができ、私はひじょうに満足だったことを憶えている。

私にとってどう興味深かったのかというと、ひとつには、ある種の俳句が、切れや二物衝撃を金科玉条にするあまり、えらく窮屈で、余裕のないところを目指してしまっているのではないか、と、あらためて気づくことができたことだ。

つまり、なに必死こいてるの? という感じ。

言い方を換えれば、俳句が俳句として評価されるために、窮屈に努力しすぎている、ということ。

それが楽しい人はそれでいいのだろうが、そんなところに、私が思う「俳句的愉悦」はない。

今回の12+5騒ぎで、「5分でできる!かんたん俳句の作り方」をつくったユースケさんの見解も読むことができた。いろいろあるが、ひとつ、私が違和感をいだくのは、そうした方法が「手っ取り早く評価されるため」にあるように思える点だ。

歌仙から話題が逸れていくが、それもまあ、いい。続ける。つまり、なんで、そんなに評価が欲しいの?ということ。もっと卑近にいえば、なんで、そんなに句会での点数が欲しいの?ということ。

物欲しげ。

それは、ビジネス用語でいえば「小さな成功体験」というやつだ。小さな成功体験を欲しがるのは、いわゆるキャパシティのない人間で、そうした人たちを効率よく使うために、組織や上司が「にんじん」のように与えるのが「小さな成功体験」。つまり単純な労務管理の方法だ。

「ほら、こうしたら、俳句がうまくできて、評価される」とコツを伝授することで、俳句という遊びに引き込むやり方は、ある程度有効かもしれないが、私の好みではない。「小さな成功体験」を後生大事に俳句遊びを続けていく人がいても、もちろんいいが、すくなくとも私には無関係な人たちだ。

ほんとに、話が逸れてしまったが、まあ、そんなところ。


【参考】
アフター両吟歌仙・第一夜 http://tenki00.exblog.jp/4662503/
アフター両吟歌仙・第二夜 http://tenki00.exblog.jp/4681623/
by tenki00 | 2007-05-26 00:15 | haiku
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