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蛸壺の気持ちよさと気持ち悪さ~座と党派について 

「座」というのは、ちょっと間違うと「党派」になってしまう。こんなことを思ったのは、mixiのなかの句会に参加した顛末を書いたブログ記事を読んだから。

これ↓がその記事。
http://blog.drecom.jp/0123_0123/archive/79
http://blog.drecom.jp/0123_0123/archive/84
当該のmixiコミュニティはこちら→http://mixi.jp/view_community.pl?id=856984
社)日本伝統俳句協会の先生が無料で添削!が謳い文句。凄い!

細かいところは上記ブログ記事2本を読んでいただくことにして…。

世話人さんの「チラ見致しましたが、米男さんは現代俳句の方ですね。我々はホトトギス門下の日本伝統俳句ですので、平凡でつまらないかもしれません。」という文言。凄い!

……ところで米男さん。他人様のメール、晒していいの? くすっ(笑

ま、それは置くとして、「チラ見」なんていう下品な日本語もさることながら、「我々」という言い方が凄い! はじめに言ったように「座」と「党派」が紙一重ということか。

ついでに興味深いのは「平凡でつまらない」という卑下のこと。ただし、こうした卑下は実は矜持や傲慢と背中合わせ。「ホトトギス門下」の人はいつも、こんなふうに卑下と矜持のアマルガムを抱えて俳句をたしなんでいらっしゃるのだろうか?

言っておくけど、「ホトトギス」がどうのこうのと言う気はさらさらない。だってホトトギスが俳句をつくるわけじゃないから。俳句をつくるのは、作者。当たり前だが、俳句を捻るのは、私であり貴方であって、結社でも同人でも座でない。ホトトギスだろうがフラミンゴだろうが鷹だろうがドードー鳥だろうが、そんなことはどうでもいいことでしょ? 句がおもしろければ。

さて、話をもう一度、「座」に戻す。誰もが、自分の属する「座」が「党派」に化ける危険性はもっている。私だって、そう。

そうならないためには、やはり、ときどき広いところを見渡してみるということなんだろうと思う。親密で気持ちのいい「座」で俳句を楽しみながらも、ぐるっと周りを眺めてみることなのだろう。

その点で、インターネットも使い道がある。蛸壺のような「コミュニティ」(ああ気持ちが悪い)とは別に、「いろいろな俳句」や「いろいろな座」に触れる機会は転がっている。意外なところに座が醸成される可能性もある(実際、この数年、そうした刺激的な契機はたくさん経験した)。

そういうわけで、まだ当分、インターネットでも気ままに遊ぶことにするざんす。
by tenki00 | 2007-01-06 23:15 | haiku
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