豆の木の合宿

に行ってきた。

「馬の骨」ではなく、いちおう人間であることを証明する意味もあって、埼玉のえれえ遠くのほう、東武東上線の奥の奥へ出かけた。

豆の木の皆さんが池袋で乗り込んだ車輌に、私は朝霞とかなんとかいう駅で合流。こんにちは、こんにちはとご挨拶する。お茶の水の句会でお会いした人もいらっしゃるが、初めてお会いする人も多い。こんにちは、こんにちは。

ネットではよく存じ上げている人々に初めてお会いするのはなんだか変な気分である。もちろん、いい意味の変な気分なのだが、初めて会った気がしない一方、ネットでよく存じ上げてはいるものの、実際にお会いするのは初めてなのだから、なんか恥ずかしい。

でも、俳句というのは(少なくとも私が思う俳句は)、基本的にピースフルで喜ばしいものなので、俳句を媒介に知り合うというのは嬉しいものだ。

もう何年も前になるが、宙虫さんと根岸で初めてお会いしたときも、大久保のジャズ喫茶で、四童さんや東人さん・振り子さんと初めてお会いしたときも、祐天寺大将の出版記念会で隆さんに初めてお会いしたときも、お茶の水の談話室滝沢で雄鬼さんや田島さんたちとお会いしたときも、こそばゆいなかにも、ほんわかとした嬉しさがあった。俳句というのはピースフルなんだな。だからね、俳句でケンカしちゃダメよー。

森林公園という駅で降りる。ここは埼玉、地の果ての~と唄いたいようなところだ。宿泊施設に向かう前に、丸木美術館に寄る。原爆の図のあの丸木さんだ。絵は壁画のようにでかい。それらの絵について、何かを語る言葉を持たない。でもね、絵もやっぱりピースフルなものだと思う。にもかかわらず、その反対のものをこんなにエネルギーを注いで描かねばならなかったことに思いを到らせるとき、それはやはり苦く重い。

昼食をとってから、マルチメディア室というところで句会。入ってびっくり。ノートパソコンが並んでいる! パソコンでつくりまくり、清記はプリントアウトというダンドリなのだ。私は、すこし前まではパソコンで句をつくることが多かったが、手書きに切り替えた。パソコンだと、労働をしているみたいになるからだ。この合宿はハードになるな、と思ったが、果たして予感は当たった。次の日まで8題兼題の句会を実に6回。作句も選句も選評・披講も、がしがし、かつ粛々と進行する。酒もほとんど入らない。すごい。まさしく合宿、鍛錬合宿である。

とまあ、基本的にはこんな感じで俳句をつくりまくるのだが、私は「まくる」とまでは行かなかった。息切れが激しい。「俳活量」が小さい。句ももうひとつ冴えない。「俳筋力」が決定的に不足している。豆の木の皆さんは凄い。物凄い。この人たちは「俳句獣(はいくじゅう、と読む)」である。そう命名した。

一方、一平さんとうさぎさんが狂流(ふる)さんをよく御存知ということがわかり、世間が狭いこともわかった。とゆうか、俳句の世界が狭い。

さて、6回目の句会が終わり、さあ帰路へ、というところで、私は、今回の合宿参加の目的のひとつを果たそうと、峠谷さんに訊いた。
「峠谷さん。意中の人って、どなたなんですか?」

峠谷さんのブログを読んでおられる方なら御存知だろう。峠谷さんが思いを寄せる女性が、すくなくとも一人、豆の木にいるのだ。それが誰なのか、この合宿で確かめるのも、今回の参加の目的のひとつだった。

「ねえ、峠谷さん、どなたなんですか?」
「え? そんなこと言えるはずないじゃない!」
「ダメですか。じゃ、ヒント。ヒントをください」
「ダメ!」

やっぱりダメかあ。まあ、いいや。豆の木さんとおつきあいさせていただくなかで、ゆっくり探っていこうと思う。峠谷さんの恋に幸あれ。

つうことで、家路についた。家に帰ると、家の前の道にご近所が集まって、恒例のバーベキューをやっていた(袋小路なのでこういうことができるのだ)。腹減ったーと、その輪に加わり、美味しくいただく。バーベキューといっても、ほとんどがオトナなので牛肉はない(年とると牛肉ってダメでしょ?)。お野菜や魚介類が旨い。

お向かいの奥さんから、どんな句があった?と訊かれたので、「いい句ありましたよー」と最後の6回目の句会に出た句からいくつか紹介した。お向かいの奥さん、とても気に入って、「いいなあ」と、その顔をさらにピースフルに輝かせた。俳句って基本的にピースフルなものなのだ。世界と優しく柔らかく関係する。その方法のひとつが俳句だと思う。
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by tenki00 | 2005-05-05 23:06 | haiku
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