人気ブログランキング |

「大衆性と文学性」シンポを聞いて(2) 老人と青年

あ、そうそう、このシンポジウム、青年部とあるから、若い人がたくさん聞きに来ていると思うじゃないですか。ところが、ぎっちょんちょん(久しぶりに使った)、お年寄りが圧倒的多数。びっくりしちゃいました。

文化祭かなんかの学生の発表を先生や父兄が聞いている。それを20~30歳、スライドさせると、この景色になる。最後にお年寄りがコメントを言って締めるところなども、よく似ている。

そんななか、ひとつ印象に残ったのは、雄鬼さんの「20歳の人が作った句を、70歳の俳人(主宰)が適切に評価できるのか。わからんのじゃないか」という、メインテーマからちょっとはずれた場面で言ったひとことに、70歳代と思しき協会幹部男性がえらく敏感に反応したこと。すねてらっしゃいましたよ、ひどく。かわいそうに。

雄鬼さんは、いろいろたくさんしゃべったが、あの幹部には、そんなことはすっかり頭から抜けて、70歳うんぬんのとこだけ、雄鬼さんの名前とともに記憶に残るのだろう。

私自身は、年齢をほとんど信じない。3歳児だろうが、1億5000万歳(カゼッタ岡)だろうが、どうでもいいと思っている。というのは言いすぎだとしても、いま私がいる麦の会で、いちばん瑞々しく新鮮な(ということは若々しい)句をつくるのは95歳を過ぎんとする池禎章さんだったりすることもあるし、年齢なんて信じない。

70歳が20歳の句を理解できるのか?といったことより、むしろ、20歳の俳人にとっては、「70歳を魅了する句が作れるかどうか」が、一方、70歳の俳人にとっては「20歳を魅了する句が作れるかどうか」がテーマになると思う。

また、そんな大袈裟なことより、子どもだろうが、80歳だろうが、ひとりの読者に句がどう届くかが大事などと思うが、このへんは、青年部俳人の志の高さ、これからの俳壇における存在の大きさ(このあたりやや棒読み)とは相容れないスタンスかもしれない。

なんの話だっけ? あ、そうそう、青年部のシンポジウムなのに、会場はお年寄りばっかり、という話だった。もっとも、現代俳句協会は50歳未満は5パーセント以下というデータもどこかにあった。それを反映しているに過ぎないともいえる。

でも、やってる青年部の人たちは、ちょっと悲しいんじゃないかと思ってしまう。若い人には、興味のあるテーマのとき、お出かけになるようお願いする一方で、運営側にはひとつ提案。入場料は、年齢×30円とする。20歳なら600円。80歳なら2400円。いいアイデアだと思うけど? 

受付がめんどうか。次回は後半のパネリスト5人による座談について。

(つづく)
by tenki00 | 2006-10-12 23:30 | haiku
<< 俳句漫遊記90 近藤十四郎 「大衆性と文学性」シンポを聞い... >>