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自己表現Ⅱ

前のエントリが、信治さん、田島さんからトラックバックをいただいた(前記事のトラバ欄を参照)。

それらの記事を軽く踏まえて、メモ的に。

1) 自己表現と、自己(あるいは個性のようなもの)がおのずと滲み出てしまうといったたぐいのこと。この2つは明らかに違う。

2) 「自己」を表出する芸が、俳句にあってもかまわない。しかし、俳句的言説で「自己表現」という語が使われるとき、ほとんどが、疑いもなく無反省に用いられる。「俳句とは~」といった主辞に対する賓辞のなかに「自己表現」が含まれる。

例(数限りない例のうちの任意の一例にすぎない。手元にあった冊子から)
ところで俳句は手軽に取り組めて短い言葉で自己表現ができる文芸である。 安西篤「団塊の世代と俳句」(『現代俳句』06年10月号)より

かくして、「自己表現したい」若者・中年・老人が、手軽に俳句に手を染める。俳句世間は「自己表現天国」となる。

3) ピアノと俳句は違うが、今回の脈絡では、そう違わない。

ピアノ弾きは、ピアノ演奏によって、音・音楽を表現する。  ※個性は当然付随する。
俳人は、俳句を作ることによって、(A)を表現する。     ※個性は当然付随する。

(A)には何が入るのだろう?
俳句が自己表現であるとしたら、(A)には「自己」が入る。

とすれば、俳句とは、なんとも貧相なものだ。

とはいえ、手習いには最適か。ある人たちにとっては、「自己」は最も手近な題材だから。

それにしても、(A)が「自己」だとすれば(繰り返し)、俳句とは、なんとも貧相で、なんともグロテスクなものだ。

ピアノによって表現された音楽は、しばしば私を幸福にする。
俳句によって表現された何かは、しばしば私を幸福にする。だが、「あなた」(俳句の中の自己)が私を幸福にすることはあり得ない。
by tenki00 | 2006-10-05 23:53 | haiku
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