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句にする必要はない

「これ、俳句にならないかな?」と、酒席などで冗談まじりに俳人(俳句愛好者)が言う。おもしろいこと(もの)があった。それを俳句にしたい。ごくあたりまえの衝動(が大袈裟なら欲求)?

でも、なんだかヘン。

おもしろいこと(もの)がすでにあるなら、もうそれで幸せだろう。なぜ、わざわざ五七五にする必要がある?

おまけに、五七五にしてみたら、「あの」おもしろさに少し足りない。言い切れていなくて(伝えきれていなくて)もどかしいという思いも味わう。ほら、句にしないほうがよかった。

おもしろいこと(もの)との遭遇は、「感動」と言い換えてもいい。《おもしろいこと(もの)との遭遇・感動 → 句をつくる》という作用の順序は、逆である。このことは、たじまさんも再三書いていたような気がする(例によって、同じようなことを言うのに、私とは「こうも違うか」というくらい違う言い方にはなるのだが)。当該箇所を見つけ出してリンクするのはめんどうだから、自分で探してみてちょうだい。このブログ→http://moon.ap.teacup.com/tajima/んなかのどこか。

さて、こういうことだ。

おもしろくもないこと。それを句にすると、それほどおもしろいわけではないが、ちょっとだけおもしろい。

この「ちょっとおもしろい」というのが俳句の領分。

雪我狂流さんがよく言っていた。「おもしろいものなら、ほかにたくさんある」
きっと映画や音楽や現実の暮らしやいろいろ。じつにさまざまないろいろ。そのことだ。
狂流さんは言う。「句というのは、つまらなくて、いいの」
これが、「ちょっとおもしろい」とほぼ同義。さらにニュアンスを探れば、「つまらない」と「ちょっとおもしろい」の狭間に、俳句のいちばん美味しいエキスがある。

おっとっと、話が逸れたぞー。

話を戻す。すごくおもしろいこと(もの)があった、なんともいえぬ興趣を味わった。そんなときは、それで満足しきることだ。俳句にしようなんて思わないことだ。

ギッチョンチョン。



↑意味はありません。締めにときどき使いたいと思い、使いました。  
by tenki00 | 2006-09-22 21:39 | haiku
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