語順

あやかさんのブログで8月、おもしろい記事(シリーズ)が続いていた(こちら↓)
http://newmicrowaveoven.blog45.fc2.com/blog-date-200608.html

句を線的に前から順に読み解く(読み解くという語はあまり当たっていない。かといって鑑賞というのも少し違う。ともかくご覧のとおりだ)。一種のパラフレーズではあるわけだが、それに付きものの興醒めを誘発しない。読むこと・書くことに周到であることの証左だろう。これらの記事の意義はそれとして、俳句の語順ということに思いが到った。

句には語順がある。当たり前だ。だが、「語順はともかく」と横に置いた読み方もできる。俳句は短い。それを読むとき、語順どおりに前から読んではいても、次の瞬間には句の「全景」は見える。寸時で「全景」を読んでいることになる。

句の作用は、しかし、語順に大きく頼っている。例えば下五で洒脱へと「落とす」ことで微笑を誘う句もあれば、意外な展開で気持ちを飛行させてくる句もある。語順は大事である。

robin d. gill(敬愚)さんが、いつだったか、句の語順と英語への翻訳の話をしていた(BBSだったか)。原句(日本語)の下五に意表や展開はあるとき、英語でその語順は動かせない、といった話だった。以下は、敬愚さんの訳である(下五にポイントがあると意味で、もっと適切な例が探せたらよかったが、これで御勘弁)。

冬の蠅逃せば猫にとられけり  一茶

a winter fly
i let it go and my cat
catches it
語順、さらには上中下に何が担わされているかを重視した訳であることがよくわかる。cat から始まる英訳も選択肢に入るが、やはり「冬の蠅」と句が切り込んでいる以上、a winter fly が冒頭に来る。

ところで、語順にこだわった読み方をしたいなら、耳で聞くのもひとつの方法だろう。音は字のように一瞬で「全景」を伝えることができない。どうしても「線」としての伝わり方になる。

話題がここに来れば、語順にこだわる、というより、むしろ、声にこだわる、というテーマに移行したくなってくる。私は、俳句は、「声」と思っている。なんとなく。だから、句の全景を一瞬で目におさめる味わい方よりも、一音一音が声として耳に入ってくる味わい方(目で読むときも、それは可能だ)をしたい。

思いつきのように、句会に「耳」を取り入れられないかと、いま考え始めた。清記用紙に一覧された句を受け取るのとはまた別の愉しみがありそうだ。

と、ここまで書いて、以前の百句会がそうだったと思い出した。句を捻ったあと、短冊を誰かが読み上げる。それを聞く(飲み屋でやるから、聞こえないのなんの)。反応・評判はその場で沸き起こるが、名乗りはない。句を捻り、読み上げる、それだけ(後日、作者名付きで冊子にまとめていただけるが)。短冊を読み上げるスタイルなら、清記はいらない。そこに選という手順を加えることもできる。

今度やってみるざんす。
[PR]
by tenki00 | 2006-09-01 22:06 | haiku
<< インターネット俳句協会 「俳句はアタマでつくるな」? >>