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「俳句はアタマでつくるな」?

あめを:チャカチャンリンチャンリンチャンリン。
てんき:おっ、また来たな。
あめを:しかし、なんですねえ、ミョーなことを言う俳人さんがいますねえ。
てんき:いきなりか。まあ、いいや。ほお。どんな?
あめを:慣れてきたな。例えば!
てんき:はい、例えば?
あめを:「俳句はアタマでつくるな」
てんき:うん、聞いたことがある。
あめを:じゃあ、どこでつくる?
てんき:うううん、どこで、だろうなあ。
あめを:どこなんだろう?
てんき:トイレで、とか?
あめを:その「で」は違うな。明らかに。
てんき:じゃあ、暇なんで、とか?
あめを:その「で」はもっと違うな。つまり、アタマ以外ではつくりようがないんだ、哀しいことに。そりゃ、臍や足の裏が五七五を捻り出したら、たしかに面白いに違いない。でも、無理。いやでも、かったるくても、アタマでつくるしかない。
てんき:ううん、なんか屁理屈のような…。
あめを:ほお、屁が理屈を言いますか?
てんき:それが屁理屈やっちゅうねん!
あめを:わっ、古典的な展開!
てんき:話を戻そう。「アタマでつくるな」という言い方だ。
あめを:ま、言う人の気持ちもわかるんだ。アタマで苦労するからね、人間は。
てんき:それに、「アタマ」という語を単に言葉として使ってるわけだろう? 器官としてのアタマ、すなわち脳味噌のことを言ってるんじゃない。
あめを:そう。比喩としての「アタマ」だ。
てんき:この場合、言ってる人の「思い」が、その比喩に込められているに過ぎない。
あめを:そりゃそうだ。「アタマでつくる・アタマでつくらない」という、いかにもアタマでつくったスローガンを言ってるわけだ。しかし、その比喩、そのスローガンは、いかにも凡庸で古くさく、しかもかなり安っぽい。
てんき:まあ、心躍る比喩ではないわな。
あめを:俳句とアタマうんぬんを結びつける人は、きっと、アタマとそれ以外の身体が別々だと思ってるんだな。
てんき:言い換えれば、精神と肉体。
あめを:そう。この心身二元論は根深い。それに歴史的に長い。ところが、ボクらは、アタマとカラダが別々でないことを知っている。どちらかだけ一方がどうこうということじゃないんだな、これが。
てんき:うん、それはわかる。特に昔のインテリかな、そうした観念に取り憑かれているのは。何かを書く、例えば文芸はアタマ、土を掘るのは肉体、みたいな。
あめを:だから、物語のなかのインテリは、壁にぶつかると、土方のバイトしたりする。
てんき:まぐろ船に乗ったり、な。
あめを:何かを書くことも、土掘ることも、獣をつかまえることも、アタマ(精神)と身体が同時に機能した結果だ。
てんき:俳句も、アタマだけでつくりようがないし、アタマ以外だけでもつくりようがない。そう言いたいわけだな。
あめを:そう。もっとも、俳句をつくるという行為はアタマに偏重しがちではあるわな。一種のアイデア、言葉という抽象を扱うわけだから。でも、そこで「アタマでつくらない」というスローガンを持ってきて、打開になるとは思えない。
てんき:そうかもしれんな。
あめを:アタマという話題に関連して、右脳とか左脳とか言い出す俳人もいる。
てんき:あ、それも聞いたことがある。どっちかでつくるな、どっちかでつくれ、とかいった話。
あめを:どっちがどっちでもいいんだが、信じがたいのは、あんな通俗科学を、たとえ比喩としてでもスローガンに使う、そのダメさ加減だ。
てんき:右脳・左脳ねえ。うふふ。血液型俳句とまでは行かないが、まあ、ヘンなものを持ち込む俳人さんは、たしかにいるな。でも、信じている人もいるみたいよ。俳人かどうかにかかわらず。
あめを:もちろん脳の専門家じゃないから、よくは知らん。しかし科学の知識なんてなくとも、最低限の論理が理解できれば、右脳・左脳という器官と人間の思考や感受性とを結びつけるのがいかにバカバカしいかは容易にわかる。
てんき:うん、たしかにバカバカしい。
あめを:なにか(A)を司る箇所、これが脳のどこかにある。調べてみると、右脳にあることがわかった。別のもの(B)を司る箇所が左脳にあった。右か左か、どこかには在る。そこまではいいんだが、だからといって、右脳がAを司っているわけじゃない。左脳がBを司っているわけでもない。
てんき:そういうことだな。譬えで言えば、一箇所でしか発掘されていない鉱物Cがあって、その鉱山(D)が南半球にある。このとき、南半球が鉱物Cを産み出しているわけじゃない。
あめを:そう。その鉱山Dは、地球上にある以上、北半球か南半球のどちらに存在せざるを得ない。だからといって、どちらの半球に在るということと鉱物Cとは因果関係にない。
てんき:もっと簡単に言えば、パソコンを開けて、冷却ファンが右側にあるからといって、パソコンの右半分が冷却の役割を果たしているわけじゃないということだろう。
あめを:そう。右脳・左脳という通俗科学の二元論を、俳句をつくるときの比喩に使う、そのセンス自体、ずぶずぶに通俗だ。
てんき:うん、それはわかる。わかるけど、漫才にしては、ずいぶんと理屈っぽくなっちゃったね。
あめを:まずい。ともかく、「アタマでつくるな」とか「右脳・左脳」とか、ヘタな理屈を俳句に持ち込もうとすると、惨めなことになるということだ。
てんき:だからさあ、「アタマでつくるな」というのは、「ヘタに考えるな」ということと思えばいいんじゃないの?
あめを:うん。そうかもしれん。
てんき:まあ、そういうことで。
あめを:そういうことって、どういうことだ? まあ、いいや。また来るわ。
てんき:じゃあな、暇人。
あめを:暇人はなかろう? 都市下層民。
てんき:ほっとけ。
あめを:って、これやると、また始まっちまうでしょうが。
てんき:そうだった、そうだった。終わろう。気をつけてな。
あめを:ああ、また来るわ。
by tenki00 | 2006-08-31 22:15 | ameo & tenki
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