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フィールドワーク

詩に手を染めているわけでもない書き手による、詩についての含蓄深い一文。
http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/diary/200608160000/
「カフェ・ヒラカワ店主軽薄」より

詩というものは、誤解されやすい文芸ジャンルである。
何か、心の中に表現したい思想や、感情というものがあって、それを、韻律や言葉に乗せて表現するものが詩であると思われているかもしれない。確かにそういう詩もあるかもしれないが、それはたぶん凡庸で舌足らずなつまらないものだろう。
話は逆である。すでにある、韻律や言葉の中に自分でも気がつかなかった予期せぬ感情の高ぶりや、人生の深淵の端緒のようなものを見いだすような作業が詩とよばれるものなのではないかと俺は思っている。それは、創造者というよりは、考古学者のような手つきで言語の堆積を調査するフィールドワーカーに近いかもしれない。異なった地層に埋め込まれた言葉の断片を拾い出し付き合わせる。
 ※原文の改行省略

「詩」を「俳句」に置き換えて読めばよい。目新しい把握ではなく、すでに多くが共有する認識とはいえ、何度でも立ち帰るべき地点。「何か、心の中に表現したい」ものから俳句を出発させるような主張が少なからず存在するようならば、殊に。詩や俳句の(現場の)外にある一個の知性から発せられた言葉であるだけに、殊に。

とはいえ、上記フィールドワーカーを標榜するは易し、行うは難し。ううむと唸りつつ、それでもめげずに、振り子さんとこに書き込んだ句も含め、今日の5句ざんす。

ミシン踏む屋根の上には風が吹き
蟷螂のまだやはらかくあどけなく
猿の目になみだの溢れ秋の風
星流るるやぷすぷすと茄子が炊け
蝙蝠のひとつはぐれてゐしが其れ


あ、そうそう。オクンチの3句も捻らねば。そして明日は、目白・目黒と句会をハシゴの予定。元気でいなければ。
by tenki00 | 2006-08-18 23:12 | haiku
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