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俳句プロパー?

プロパーという語、わかる人はわかるが、そうでない人はわかりにくいかもしれない。
わからんという人は、これ↓読んでから。わかる人は、すっ飛ばして先へ。
http://dictionary.sanseido.co.jp/topic/10minnw/007proper.html#1

プロパーという言葉は、突然、私にやってきた。先般のことだ。根岸グル@月天が、酒席で、私に向かって、こうおしゃった。
「おめえ、月天出身のクセして、このところ、俳句プロパーみたいな顔してんじゃねえか?」

俳句プロパー。

ううん、なるほど。これはおもしろい捉え方ざんす。

俳句プロパーって、どんな人なのだろう? こういう↓感じかなあ。

1)俳句のことをよく知っている。
明治以降の有名作家とか、あるいは江戸期まで遡って、よく知っていて、名句がたくさん頭に入っている人? それなら私は俳句プロパーじゃない。俳人の名前とか名句をあまり知らないもの。星野立子が「たつこ」なのか「りゅうし」なのか、いまだに知らない。どっち?

2) 今の俳壇のことをよく知っている。
総合俳句雑誌に目を通し、結社の名前を良く知っている人? それなら私は俳句プロパーじゃない。このところ数冊買ったが、読みたいところがほとんどなかった。句会などではじめてお目にかかる人から所属結社名を告げられても、知らないので、ぜんぜん頭に入らない、1分後に忘れている(誠に申し訳ありませんです、皆様)。

3) 高浜虚子に関して、なんらかの思いや考えがある。
虚子は、避けて通れないテーマなんでしょ? ポジティブにせよネガティブにせよ、俳句プロパーは、虚子について、なにかしら語ろうとする。それなら私は俳句プロパーじゃない。正直に言うと、虚子の句をほとんど読んだことがない。「鎌倉を驚かしたる余寒あり」という句を聞いて、「へえ、おろしろい句ですねえ!」と感心して、猫髭さんに笑われてたくらい、知らない。興味・関心もない。「虚子山脈」という言葉をどこかで見たが、「そんなこと言うの、愛媛県出身者だけだろう?」くらいにしか思わない。

4) 有季定型について、いっぱしの考えを持っている。
それなら私は俳句プロパーじゃない。有季・無季、定型・非定型といった二元論にまったく興味・関心がない。「そういう2種類じゃあなくって、俳句には、おもしろい句とつまらない句の2種類があるだけなんじゃあないの?」などと臆面もなく考えている。

5) 師系卑しからず、また師(先生)と仰ぐ俳人がいる。
俳句プロパーなら当然? それなら私は俳句プロパーじゃない。師系と聞いても「ぷっ、大げさな奴っちゃ」くらいにしか思わないし、自分の「師系」については、よくわからない。月天で俳句をはじめたから、そこにいた俳句の巧い人たち(祐天寺大将や等さんたち)が最初の俳句の先生。それ以降は、句友ぜんぶが俳句の先生、句会が先生。特定の人を「先生」と正式に呼んだ経験が一度もない。

以上を総合すると、私、どこからどう見ても「俳句プロパー」じゃないっす。

根岸グル、すなわち、なむさん。ね? 私が「俳句プロパーみたいな顔」してるなんてことないって、わかってくれました? 月天という(俳句の)与太者集団の出身であることは忘れてないざんす。

このさきも、俳句プロパーにはなれないだろうし、なる気もまったくないんですよ。つまり、俳句(具体的には俳句現場=俳壇)に片足は突っ込んでも、両足は突っ込まない。

にもかかわらず、このさきも、いつまでかはわからないが、俳句は作るのだ。俳句プロパーからは遠い状態のままで、俳句を作っていく。その俳句を、俳句プロパーの人々が、どう読むかにも興味がある。また俳句について考え、しゃべり、(例えばこのブログに)書く。しかし、それは、俳句プロパーとしてではない。俳句について充分な知識と理解を持った人々のようにはつくらないし、語らないし、書かない。いわば、(俳句に片足だけ突っ込んだ)シロウトとして、俳句をつくり、語り、書く。そんなことに意味があるのか?と問われれば、「わからない」と答えるしかないけど。

要は、「俳句まみれ」になる気はない、ということだ。

俳句プロパーさんたちの棲息圏から、すこし離れたところで、俳句というものの、もっとも好ましい部分を愛していけたらいいなあ、という気持ちなのだ。
by tenki00 | 2006-08-11 23:58 | haiku
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