汗の馬芒のなかに鏡なす 八田木枯
『汗馬楽鈔』(深夜叢書社1988)には22歳から約10年の句が収められている。つまり20代の作品集。
白壁やとべば小鳥は空の中 八田木枯
熱さめて虹のうぶ毛のよく見ゆる 〃
いいなあ。なんとも。
『夜さり』(角川書店2004)の評判を聞き、これを読み、古本で『汗馬楽鈔』を手に入れ、それから『天袋』(『夜さり』のひとつ前の句集)と、3冊を読んだ。上に挙げた句は、『夜さり』との連続性を感じたが、面食らう句も多い。「愛」「妻」「恋」「自慰」「抱く」…。『汗馬楽鈔』には、その手のモチーフの句が多いことに驚く。20代、というよりもむしろ時代的なものかもしれない。作者の22歳は昭和22年。昭和20年代の俳句の状況を、不勉強につき知悉しないが、俳句の中に「我」や「情感」、さらには「詩性」がどう定位されるのかが、今とはずいぶん違っていたはずで、むかし、といってもほんの30~40年前、俳句は、なにかを為そうとする強度の強さのようなものが、今よりずっとたくさんあったのかもしれない。
『天袋』『夜さり』の句は、また別の機会に。