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「社会的に偉い立場」の俳人

若者のブログに連続トラックバック。というだけの感もあるが。

あの方、NHKの人なんですってよ。という記事。

NHK職員、県庁職員、電電公社(古いな)などをエラい人と思うのは、地方出身者の特徴。だからといって、ユースケさんの属性が決定されるわけではないが、人間の社会的属性や帰属を匿すのは、それほど簡単なことではない。

匿名性は、句会だけでなく、というよりも句において大事なこととも思うが、これは深入りすると、とてもややこしい。嘘は、句会での会話よりもむしろ(それだと単なる嘘つきになる)、句において、つくべきものだろう。句会などで、よく、ご自分の句について、「だって、ほんとにそうだったんだもの」とおっしゃる方がいらっしゃるが、「ほんとじゃダメでしょ。嘘くらいつけよ」という話。

話が逸れている、もっとややこしいほうへ。賢明な読者は、このエントリーがすでに一貫性を欠いていることにお気づきのはずで、そのとおり、一貫性はない。

話を戻す。「社会的に偉い立場」の人の話だった。

「社会的に偉い立場」の人はオカネをたくさん持っている確率が高いので、結社などへの相当額の寄付で貢献すべきだろう。例えば、ユースケさんは、早稲田大学の俳句部だから、OBの偉い人から多額の寄付をぶんどれるよう、常に画策すべきなのだ。指導など要らぬ。口は出さずにカネだけ出せと、少々品位を欠いた言い方になるが、そうすべき。

けれども、お金持ちというのはケチでもある。自分の句集は豪華なやつをポコポコ自費出版するのに、他人のためのカネは使わないというパターンも多い。そのへんは、自尊心をくすぐって、うまく出させるのがコツ。

以前、私は、「麦の会」の人に言った。農水関係の国会議員か高級官僚は、会員にいないのか? いたら、「麦の会」を農業振興ということにしてもらって、助成金をたんまりもらいましょう、そうなれば会費は年間1200円くらいですむ、と。でも、実際には、そういう会員はいなくて、実現はしていない。

俳句世界において、苗字でなく下の名前を呼び合う習わしは、実生活での身分の隔たりを、俳句の世界に持ち込まないため、ということもあると聞くが、それは建て前として、実生活の身分格差を巧く利用して、偉い人を大いにおだて、金銭面で組織に貢献させる。これがオトナの知恵というものだ。

だから、ユースケさん。「作品と俳号だけがあれば十分」などと、素直な正論を言ってないで、もうすこし、ひねくれたほうがいい。身分格差を敏感に読み取り、偉い人は、俳句はくだらなくても、ちやほやしなさい。

以上だが、余談として、「第二芸術論」(桑原武夫)の本旨は、芸術ならば「作品」によってのみ作家(俳号)の格やレベルが峻別されるべきはずが、俳句はそうではなく、実生活の身分格差が評価に持ち込まれる傾向が強いよね、それなら、「芸術」だなんて大きな顔されると、他の芸術が迷惑なんよ、「第二」くらいにしときなさい、というもの。これは、俳句世界における古くからの、生臭く退屈だが、厳然として在るテーマなのだな、実に。

ただ、「社会的に偉い立場」の俳人というのが、問題になるかならないかは、句座にもよる。私の関わる句座という句座には、みごとに「社会的に偉い立場」の人間がいない。すがすがしいほど、いない。だから、実のところ、私にはあまり関係がなく、どうでもいいことなのだが、結論を繰り返すと、「偉い人はちやほやしておけ」というのが、私から若者へのささやかな助言である。
by tenki00 | 2006-04-16 01:47 | haiku
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