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自分でわからなくなること

Randy Newman の Bad Love を聞きながら書く。

逃避というのではなくて、ここ数年、シノギが凄くなるほど(つまり仕事が忙しくなるほど)俳句をたくさん作るというサイクルが身に付いてしまった。シノギの要請がすこし緩むと、句などほとんど作らず本を読んでいたりする。本を読む時間さえとれなくなると、俳句を作るという流れだ。

俳句は、句会に出るというのでなければ、かたまった時間がいらないから、多忙のときにに便利な遊びで、ネット句会などは、リアルの句会とは違って、細切れの時間で投句から選句まで一連の俳句遊びが完了できるから、その意味で都合が良い。

たくさんと言っても、どれくらいがたくさんか、人によって違うので、よくわからないが、ともかく、とりあえず毎日何句か句をつくっていると、ふと、自分はどんな句が作りたいのだろう?という疑問が湧いてくる。これはもうばかばかしいことで、作りたいも何も、出てくるものが自分の句なのだし、こういう句がつくりたかったのだということもあり得ないわけだから、悩んでも仕方のないことなのだが、一方で、俳句に少しは慣れてきているので、自分で自分が思っているのとは「ちょっと違うなあ」と思う句も作ってしまう(作れてしまう)。でも、それではおもしろいわけがない。

もっと下世話にいえば、句会などは、出した句全部が無視されてもつまんないので、いわゆるウケの部分も混じってくる。煩悩と言えば煩悩。それで例えば、点数やら何やらの評価みたいなものがいただけたとしても、「自分がやりたいのとは、ちょっと違うよなあ」という部分があれば、やはりおもしろいわけはないので、なんだか句会後に一人反省会状態になったりもする。

どんな句が作りたいのか?というのは、意外に難しい問題なのだ。そんなこと、ない?

作りたい句が他人様にとって気持ちの良い句とは限らないし、俳句は自分で満足できればいいなんて私は思わない。俳句にはサービス精神(良い意味でね)や愛嬌が欠かせないと考えているので、他人様にどう読んでいただけるのかも大事。でも、一方で、自分が面白がれるかどうかは、もっと深刻に大事。ってなわけで、ほんと、なかなか難しい。と、言いながら、ぽこぽこと無反省に句を作るわけなのだが。

さ、仕事、仕事。

山本星人、あしたもよろしく!
by tenki00 | 2005-11-21 22:51 | haiku
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