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俳句の詰め合わせ assorted haiku

俳句を始めて2年くらい経ったときだったろうか、ふと思い立って、他人様の句をいくつか、自分の思いついた脈絡で並べてみた。なぜ、そんなことを言い出すかというと、そのときのテキストファイルが出てきたのだ。パソコンは何台か買い換えているが、新しいパソコンに、古いパソコンのデータをまるごと収納しているので、そんな何年も前の自分のメモも残っている。そこから、シノギの用件でハードディスクを検索していたら、ひょっこり出てきたのだ。ま、そんな事情はいい。つまり、こんな感じ。

 聖くゐる真夜のふたりやさくらんぼ    日野草城

 敵一人増えて真っ赤なさくらんぼ     長谷川裕

 じゃんけんできめりゃいいのよさくらんぼ 雪我狂流

 茎右往左往菓子器のさくらんぼ      高浜虚子

裕さんと狂流さんの句は、句会だか句集だかで知った。あとの2つはなにかの拍子に知った。ふと思いついて並べてみた。すると、面白い。連句というのではない。でも、4つの句を、こう並べて、流れを楽しむ。秀句集というのでもない。マイ・フェイバリットというのでもない。並べられた句の作者たちは迷惑だろうが、私には愉しい。当時、4つの句を眺めては、いつまでも愉しんでいたが、今、眺めても愉しい。

この4句の後に

 美しやさくらんばうも夜の雨も  波多野爽波

を加えて、asorted 2005 の新ヴァージョンにしてもいい。

ともかく、俳句というのはを読むのが愉しい。というか、愉しい俳句を読むことが、私にとっては、好きな音楽を聴くように愉しい。自分で組み合わせて愉しむ「俳句の詰め合わせ」は、若い頃、好きな曲を選んでカセットテープに録音した、あの行為に似ているかもしれない。何を選ぶかが大事、順序も大事。他人はどう聴く(読む)か知らないが、自分では、ひどく気持ちがよく、それぞれの句が1句としてもつ味わい以外の味わいが醸し出される。ふむふむ。にこにこ。

自分の句を加えてパッケージングするという発想もあるだろうが、それは野暮。せっかく読む喜びに浸っているのに、作る苦しみ、作る無様さを持ち込む必要はない。

有名俳人の句に限ることもない。俳句の1句としての出来にも拘らない。俳句は、愉しみ方によって、その価値が変わってくることもあると思う。なるべく面白く読む、愉しく読む。読む快楽の基本に立ち戻りたい気にもなってきた。
by tenki00 | 2005-10-27 22:44 | haiku
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