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宙虫さんの憂鬱・私の憂鬱

旧聞となるが、麦の会の全国大会(箱根)についての宙虫さんの記事を読んだ。シリーズになっているが、取り上げたいのはコレである。

http://musinandanikki.at.webry.info/200509/article_8.html

読んだ? じゃ書くね。

話題はいろいろあるが、宙虫さんの記事で重要なのは、次のこと。

五句欄にのる俳句たちが、果たして麦の目指す句たちなのだろうか?

こんなところに引っ張り出したら、宙虫さんには迷惑かもしれないが、当夜、宙虫さんとこの件について、かなりやかましくしゃべった私としては、きちんと取り上げておきたい。

5句欄というのは、結社の経験がある人ならご存じように、5句選ばれたということで、簡単に言えば「良い成績」ということ。ふつう結社では主宰が選ぶ。会長制をとっている「麦の会」では会長が選ぶ。5句欄の俳句は、たしかに「麦がめざす」ものを指針として示すものだろう。

麦では一昨年だったか、会長が替わった。会長が替われば、選ばれる句も違ってくる。一般に、それを契機に結社を去る人も出る。でも、今回の会長交替では、脱退者はそれほど多くないようだ。これは「だからどう」ということではない。事実を述べているだけ。

主宰であれ会長であれ、句の傾向に合う合わないがある。主宰の場合、自分のめざすものと合わないのであれば、そこに所属する必要はないので、辞めればいい。簡単な話。ところが、会長制をとる麦の会の場合、そのへんの事情が少し違う。俳句の傾向の幅は広い。逆に言えば、誰が会長に就こうが求心力が弱い。別の言い方をすれば、求心力がたくさんある。17年程前に亡くなった主宰の中島斌雄の求心力が現在どうかといえば、「あるようでないようで」といったところだろうか。中島斌雄の句柄やめざしたところを継承する意志をもった同人もいれば、極端な場合は、ほとんど読んだこともなく、関心もないという同人もいるように思える。そして、同人の居住地も全国に散らばっている。結社が一つの山なら、麦の会はたくさんの山があって、それをひっくるめて「麦」というところがある。

そんないろいろな事情を抱えて、会長は、毎月、同人誌友の句を選び、評し、「麦のめざすところ」を提示していかねばならない。大変な仕事である。だからといって、主宰のように「ともかくとりあえず奉ってもらえる」というわけでもない。主宰のように金銭的な「手当て」があるわけでもない。会長を引き受けてくださる方には、皆で感謝しなければいけないと思う。

さて、そこで、このところ、会長の「選」について、私がどう考えるか。これはあの晩に宙虫さんと話したことと重複する。その部屋には麦のベテランもいて、その人たちの耳にも届くようにしゃべったつもりだが、そのへんはどうだかわからないから、もう一度、ここに記しておこう。1点だけ。

地域的に偏った選になっている。

麦は同人が全国に散らばっていると言ったが、そのうち首都圏(東京・埼玉・神奈川・千葉)の同人の句への評価が高く出ている。これはなんとなく感じていたことだが、はっきりとその傾向があると確信するようになった。

いや、それは、句の出来不出来が、結果的に地域の偏りに現れているだけだ。ってな見方もできるかもしれない。もちろん私だって、同人諸氏の投句の全部を丹念に読んでいるわけでもないし、たとえ読んだところで私の所感に意味などあるはずはないが、地域的な偏りは、結果としてではなく、会長の選の傾向を反映したものであると、私は思う。

まあ、それはそれでしかたがないものかもしれないが、私は、麦の会が全国的な広がりをもっているということに、大きな魅力を感じている。ローカルそれぞれに特徴があり、それが面白い。「首都圏だけの麦」を想像してみると、私にとっての魅力は半減どころではない。

ながなが書いたが、宙虫さんへの答え。「五句欄にのる俳句たち」……というより、全体の選の傾向は、現在のところ、「私にとって、麦がつまらない方向に行くのではないか」という思いが強くなるものである。でもね、そんなことより、自分がどんな句をつくり、どんな句を読み、俳句をどう楽しむかが重要なので、とりあえず「麦の今後」について、なーんてことは、関心の外に置いておくことにする。宙虫さん、ご健吟を!
by tenki00 | 2005-09-19 17:38 | haiku
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