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俳句における「伊達」

例えば、

  透谷の死に方はうれん草ゆでる  小澤實

中七の途中で切れる。よくあるかたちなんだけれど、これを、

  透谷の死に方 はうれん草ゆでる

と1字アキになんかせずに、1行、するっと書いてしまう。

誰でもやることなんだけれど、こういうところ、俳句は「伊達」だなあ、と。

「どうとでも、好きに読んでよ」と、基本的に、俳句はそういう態度ですから。

伝達という側面で読み手に親切じゃないところが、伊達だなあ、と。例えば、ということなんですけどね。




by tenki00 | 2011-07-08 12:42 | haiku
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