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ラジオから

クルマんなかでラジオ、FM、AMどこを選んでも、おしゃべりばかりで音楽が流れてこない時間帯がある。

しゃべるなとも、おもしろくない話をだらだら続けるなとも言わないが、もうすこし曲を流していいのでは?

そんななか、あるとき、NHK-FMでやっと人心地がついた。流れていたのは、なつかしい10ccに続いて、これ↓↓↓



もろ、マーヴィン・ゲイ命なデュオですね。


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by tenki00 | 2012-06-29 23:19 | pastime

表面主義俳句 リンクのメモ

2005/1/4
表面主義俳句宣言
http://sky.ap.teacup.com/tenki/112.html

2007/2/26
あらゆる深さをはぐらかす~表面主義俳句宣言・断章
http://tenki00.exblog.jp/4809026/

2007/2/27
その手前に形づくられる読むことのたわむれ~表面主義俳句宣言・断章02
http://tenki00.exblog.jp/4809298/

2007/3/1
なんでもかまわないもの~表面主義俳句宣言・断章03
http://tenki00.exblog.jp/4843299/

むかし書いたものは、いまとずいぶん口調が違う。


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by tenki00 | 2012-06-26 23:22 | haiku

くにたち句会 6月のお知らせ

6月24日(日) 14:00 JR国立駅南口集合

句会場所:いつものキャットフィッシュ

席題10題程度。

句会後の飲食(会費アリ)も、よろしければご一緒に。

初めての方も久しぶりの方もご常連様も、お気兼ねなく、どうぞ。


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by tenki00 | 2012-06-23 13:01 | etc

観くらべ 第13番 文明の衝突

予約したDVDをTSUTAYAが2本ずつ郵送で送ってくれるサービス。その2本に勝ち負けを付けるという、ヘンテコリンなシリーズの第13弾。

キック・アス マシュー・ヴォーン監督/2010年/アメリカ・イギリス



チャドルと生きる ジャファール・パナヒ監督/2000年/イラン



「キック・アス」の評判は少し耳に入っていましたが、アmッリカンコミック・ヒーローの「パロディ」という、その部分を濃いめに受け取っていたので、まあ、そのうち観よう、という感じでした。

ところが、これ、最高。文句の付けようのない80点満点の娯楽アクション(この手の映画は満点が80点)。

大きな構成としては、2本の軸。ヒーローに憧れて実際にやってみちゃったギーク(オタク)の高校生。これが1本の軸で、現実からファンタジーへのアプローチ。もうひとつの軸が、復讐に燃える元警官の父と娘(11歳?)。こちらはファンタジーを地で暮らす、って、それこそがあり得ないファンタジー的な登場人物。この2つの軸が交わる。

見せ場は、少女のヒットガールが、悪者を殺しまくるファイトシーンの数々でしょうか。

まあ、しかし、殺す殺す。それもかなりリアル。脳漿、飛びます。ところが残酷さ・陰惨さはなく、爽快。

サウンドトラックは、終始、ニコニコしてしまいます。で、ラスト近くのプレスリー「An American Trilogy」では大笑いを突き抜けて、天国的。



「チャドルと生きる」は、「オフサイド・ガール」がおもしろかったジャファール・パナヒ監督作品。

イスラム世界(イラン)での女性の生き難さを描いて、良質・良心的。小さな物語が連なっていくオムニバス的な構成ですが、その繋ぎ方に気がきいています。

でも、ちょっと退屈。スペクタクルや奇譚を期待するのではないのですが、物語の核、みたいなものが欲しいところ。その社会で女性が暮らしていくことの困難さは、頭で理解できても、浅薄な想像に過ぎず、そのへんのこちら(観る私)の問題が大きいのかもしれません。

というわけで、今回は、「キック・アス」の勝ち



しかし、今回は組み合わせが奇妙すぎて、比べることにあまり意味がないかも。ま、それは折り込み済みの奇妙な企画なので。

英米のオタク若者文化 対 イスラム社会の女性の禍福。これは、もう無理がある比較です。


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by tenki00 | 2012-06-20 22:00 | pastime

どんな季語を?

某日、席題句会で、理科室にビーカーやらフラスコやらが並んでいるといった句が出た。字余りではありません。この内容が12音になっている。あとは季語。

「夏休み」という季語で、概ね、これが好評だった。でも、私は、「それだと泥棒が詠んだみたいだな」と思った。

かの十二技法(*)じゃないけれど、どんな季語を持ってくるかが大事なことが多い(俳句のジャルゴンで言えば「斡旋」てやつですな)。

これ、俳句(句会)をゲーム的に捉えれば、頭の捻りどころだし、ブンガク的に捉えれば、作家性の出るところですね。

私自身は、こういう場合(というのはつまり取り合わせの構造の場合)、「限定」にはなっても「説明」にならないように心がけていますが、なかなか難しい。「限定」というのは句意がぼんやりしないように、という意味。「説明を避ける」というのは、事態の念押しや感興の押しつけを避けるという意味ですが、線引きは難しい。その意味で難しいのですが。

まあ、そんなこんなで、もうすこし俳句を作っていくことにします。


(*)
遠藤治:十二音技法」が俳句を滅ぼす
中村安伸:十二音技法 たとえ俳句が滅びるとしても
「十二音技法が俳句を滅ぼす」への言及記事

いま読んでも面白い。遠藤さんの最初の記事に付いたコメントや、いろんな反響(ブログ記事)も含め。


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by tenki00 | 2012-06-18 22:00 | haiku

百日咳その他

六月某日、4月から5月にかけて苦しんだ咳が百日咳と判明(血液検査)。早速ウィキると、死亡率1~2%とある。悪運強し。

六月某日、こういうの(原発再稼働反対デモ、閣僚遺影で「お葬式ごっこ」)を見ると、脱原発への道のりは途方もなく遠いと思う。これが全体を代表するものではににしても、「反原発」運動が「オツムの弱い文化祭」化しているようでは、どんなものからも脱することはできないだろうなあ、と。

ところで、「原発依存から脱するために、××原発を稼働させる」という例えばの選択を、詭弁でも矛盾でもなく説明してくれる関係者はいないのだろうか。

六月某日、句会(祐天寺での百句会)のあと、人名シリトリの余興。「す」が廻ってきて、「スーザン野崎」を出したが、知っている人が2人しかおらず却下(3名以上知悉がその場のルール)。

補記:スーザン野崎は、「愛の円舞曲」というシングル盤を持っていたが、シリトリするまで忘れていた名。このブログ記事を書くのにググってみると、なんと、ずっと音楽活動その他、続けていたんですね。びっくり!(≫SUSAN WEB

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by tenki00 | 2012-06-17 19:00 | pastime

ファミリー・ツリーやらサッカー審判やら

六月某日、「ファミリー・ツリー」(アレクサンダー・ペイン監督/2011年)を府中のシネコンにて。原題がThe Descendants(子孫)。ハワイに広大な土地を受け継ぎ、現在もハワイに住む白人家族・親戚たちの物語。地味だけど、いい映画と思いました。一緒に行った妻が映画が始まって30分も経たないうちに、すやすやと眠ってしまったのは、ハワイの気持ちのいい風景やハワイアン音楽のせいでもあるでしょう。

六月某日、月天の神楽坂吟行に、散歩部分だけ参加(これが多い)。市ヶ谷駅集合で、亀岡八幡宮から裏に抜けて、北へ。牛込台など住宅街をぶらぶらしながら神楽坂へ。1時間ほど、散歩をご一緒させていただき、夕方に別件があるのでおいとまを告げ、せっかくだから、一人でさらに1時間ほど神楽坂近辺を散歩。

六月某日、サッカーワールドカップ・アジア予選、オーストラリア対日本をテレビ観戦。アジア予選にあちがちな奇妙なレフェリイングがゲームの主役に。主審のカリル・アル・ガムディ氏は、その手のことでよく知られた審判らしい(≫こちら)。

その数日前、ケーブルテレビでドキュメンタリー「レフェリー ~知られざるサッカーの舞台裏」を観たが、サッカーの審判は大変な職業。思っていた以上に苛酷。ロスタイムにPK判定した審判には脅迫が押し寄せ、運営側が警備を準備するほど。いや、もう、怖い。試合中、審判員はもちろん真剣。「正しい判定」に集中している。それでも、あのような「あれれ?」なレフェリイングは起こってしまう。ということは、技術レヴェルの問題かな。精神面のスキルも含め。

六月某日、過疎化の進むミクシィ。某所の話題をきっかけに、ヴィシソワーズが夏の季語か秋の季語かで悩む。



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by tenki00 | 2012-06-14 22:24 | pastime

読まれること

つくった俳句で、見識を問われることはないと書いたが(≫こちら)、何か別のことは問われるのだろう、きっと。

他人様の目に触れるのに、最低限クリアしておかねばならないこと、というのがありそうで、それは何なんだろうなと。こういうことを考えだすと、一句も投句できない、一句も発表できない、という状態になるので、考えないほうがよいです。


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by tenki00 | 2012-06-13 22:00 | haiku

観くらべ 第12番 歴史

予約したDVDをTSUTAYAが2本ずつ郵送で送ってくれるサービス。その2本に勝ち負けを付けるという、ヘンテコリンなシリーズの第12弾。

左 持
クロッシング・ザ・ブリッジ サウンド・オブ・イスタンブール(ファティ・アキン監督/2005年)


ツリー・オブ・ライフ(テレンス・マリック監督/2011年)



「クロッシング・ザ・ブリッジ~」は「太陽に恋して」のロードムービー感が素晴らしく、「ソウル・キッチン」はまた、軽妙で素晴らしくて、そのうえ音楽が良かったファティ・アキン監督による音楽ドキュメンタリーということで、大いに期待して借りたが、ちょっと散漫。

アール・アバウト・トルコの今の音楽(もちろん伝統の上に成立)ということなのか、初めのパンクロックバンドは(個人的趣味の関係ではなく)要るか?とも思ってしまうし、演奏シーンのひとつひとつが意外にあっさりとした描写で、欲求不満も残る。

それでも、いくつかの伝統音楽(いかにもインスタンブールなものからロマまで含む)は圧巻。演奏技術の血肉化というか、音楽の肉体化というか、板についた感じが半端ではない。長くきちんと音楽をやってきた純然プロのかっこよさです。



一方、ツリー・オブ・ライフ(テレンス・マリック監督/2011年)は、去年の封切。ややこしい映画という風評を耳にして避けていましたが、《アメリカで最も有名な映画評論家ロジャー・イーバートが選ぶ史上ベスト映画10選》に、この映画が入っているのを見て、じゃあ、観てみましょうか、と。

いやあ、もう、めちゃくちゃヘンな映画でした。

英語の「life」という語は、日本語だと「人生」でもあり「生命」でもあり。この映画はタイトルどおりというか、人生ドラマかつ生命ドラマ。前者は男の子の父親との葛藤が軸、

前半の「生命ドラマ」は、イメージ映像の嵐。天体やらマグマ(?)やらクラゲやら、地球生命ン億年の歴史、てな趣向で、バックに宗教曲(キリスト教)が流れ続け、哲学的かつスピリシュアルかつポエミーな独白ナレーションがかぶさる。

前半は、クソ映画です。

腹が立つくらいつまらなくて、何度も観るのをやめようと思いましたが、倍速などを使いつつ、なんとか後半へ。ここでやっとポエムではなく物語になります。

ところが、この後半部分が、なんと、おもしろいのです。

とりわけ父親のアンビヴァレンスが、男の子の目を通して、うまく描かれている。それから、母親や弟の存在。さらには世の中の成り立ちへのいらだち、未来の時間に対する不安。それらの機微が、綺麗な絵を通して、しかし綺麗事ではなくエラく生々しく伝わる。

生命がどうたら、創造主がどうたらは、もういいから、こっちのドラマで、1本まるごと作ればいいんじゃないでしょうか。

ヘンな映画です。



左は、音楽に歴史あり。右は、家族に歴史あり、生命に歴史あり(いっしょにすんなよw)ということで、括りとしては歴史。

今回の奇妙な組み合わせの2本は、どちらも、好き・満足とは遠く、かといってダメ映画とも言い切れず、自分的には引き分けです。



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by tenki00 | 2012-06-12 22:00 | pastime

水羊羹

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  夕暮れが遠くより来る水羊羹  三宅やよい

遠くから夕暮れ。手もとには水羊羹。これが夜? ということもないだろうが、感触と距離感が織りなす、ある種の気分。


ところで、『豆の木』誌は、同人各氏の見開きスペースの上方には10句が並び、下には短文(エッセイ)が載るというスタイル。これは創刊当時から不変らしい。

三宅やよいさんの短文「ありし日」に、以下のようにあった。
だいたいが「ありし日」を振り返ること自体あまり好きではない。「○○の新聞に取り上げられました」と、黄ばんだ新聞記事を壁に貼りだしているラーメン屋みたいなもので、かつてあったはずの自分を語るようになったら終わりじゃないか。
潔い。

さらに、こうある。
見知らぬ場所、出会っていない人がまだ私を待っている気がする。生きてる限り「あるかもしれない私」を楽しみにしたい。
こちらも前向きになれますね。


もうひとつ、ついでに、水羊羹は、たねやが美味ですよね。

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by tenki00 | 2012-06-11 12:00 | haiku-manyuuki