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2011年・週俳でのお仕事

週刊俳句・第244号(2011年12月25日)の「週俳の2011年」回顧を眺め、今年一年、自分
も週俳で(本誌に限っても)、そこそこ仕事をしているな、と。ちょっと安心してますですよ。

以下、主なものをピックアップ。

【奉納】100題100句「ゆび」:第201号(2011年2月27日) ≫PDF版

地震直後の第203号(2011年3月13日)は、俳句関連の掲載をやめ、リンク集に。
この決断・決定(メールで軽く相談したと記憶)は、いま思っても正解だったと思います。

第218号(2011年6月26日)での毛呂篤記事。
その他もろもろ毛呂篤/この目でおがむ 毛呂篤の本いろいろ/100句ほど毛呂篤の詰め合わせ

子規式 馬糞に始まり糸瓜に終わる:第230号(2011年9月18日)


あとは、ウラハイで「裏・真説温泉あんま芸者」を数回、11月末になってから「ネット拾読」を数回、。


ま、これくらいで充分、という気する。


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by tenki00 | 2011-12-30 19:00 | haiku

大丈夫、無敵

寒いですね。(そりゃ冬だもの)

  マフラーをぐるぐる巻きにして無敵  近 恵

「無敵」と言い放たれるのは、あまり気持ちのいいものではない。「無敵やなあ」とこちらから呆れて言うぶんにはいいが、自分から言われると、ね。

ところが、この句、存外気持ちがいい。颯爽としたマフラー姿というのではない。なにしろ、ぐるぐる巻きだ。でも、その、格好もつけずに、ぐるぐるっと巻いたところが、かえって潔く、それはもう無敵のスタイル。圧倒的なスタイル。

掲句は、炎環4同人の合同句集『きざし』所収の近恵「大丈夫」より。

大丈夫。

大丈夫、無敵です。

ほか、気ままに何句か。

いつつより先は数へず春の波

傘開くところより春暮れにけり

冷酒の口切の音何処より

どれだけ酒が好きか、という。

一房の一気に黒くなるバナナ

金風の始まりトンネルの出口

根元まで吸ひし煙草や菊日和


いやあ、これはいいですね。吸い殻を目にしているということでしょうが、目を細めて、晴れた空に向かって煙を吐いた、その光景が目に浮かぶような吸い殻。

褞袍より人の匂ひのして重し

初春や皺一つなく張るラップ

水引の鶴に絡みし春ショール

書割のやうな青空浅蜊掘る

名月や昨日のごはんあたためて

手袋の中のてのひら湿りたる

とつくりセーター白き成人映画かな

引つぱれば春のセーターから光


明るい。で、挙句は、これ。

桜の芽もつと膨らむまで歩く

この、歩調、ぶらぶら散歩する足どりもまた、大丈夫、無敵。


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by tenki00 | 2011-12-28 18:00 | haiku-manyuuki

けむリンク3 (紙媒体)

承前・けむリンク
承前・けむリンク2
『けむり』の造本

週刊読書人』2011年12月16日号「2011年の収穫から」
荻原裕幸さんの3冊に『けむり』を挙げていただきました(他2冊は雪舟えま『たんぽるぽる』、中岡毅雄『壺中の天地』)

週刊読書人』2011年12月23日号「2011年回顧」、その俳句欄
須藤徹さんに『けむり』に触れていただきました。

現代詩手帖』2011年12月「現代詩年鑑2012」
田中亜美さん「俳句逍遙24 ユートピア、ふたつ」で触れていただきました。

』第3号
佐藤りえさん「狼煙あげよぷ 西原天気句集『けむり』を読む」。とてもていねいに読んでいただいています。

手紙』第2号
福田若之さん「天気さんの天気のこととか」。とてもうれしい記事です。



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by tenki00 | 2011-12-26 12:00 | tenki-ku

くにたち句会12月のお知らせ

12月25日(日) クリスマスですがな。
14:00 JR国立駅南口集合

句会場所:いつものキャットフィッシュがNGなので、適当に場所を見つけましょう。
席題10題程度

初めての方も久しぶりの方も御常連さんも、よろしくどうぞ。



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by tenki00 | 2011-12-24 21:00 | etc

8歳児

『俳句界』2012年1月号をめくっていたら、「俳句の未来人」という若手(?)の俳句作品欄で目が止まる。

田中瑠璃ちゃんは平成15年生まれとあるから8歳くらい?

  ヒロシマのくだけちる音聞こえけり  田中瑠璃

8句作品のタイトルが「ヒロシマ」です。

  まんげつの死者来るみちか初潮  同

  秋深し影が体を抜け落ちる  同

ううむ、って感じです。

くだけちっちゃいましたか、ヒロシマ。


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by tenki00 | 2011-12-23 10:00 | haiku

けむリンク 2



承前・けむリンク
『けむり』の造本


twitter @hiroshimaya

おじさんに届いた句集(西原天気句集「けむり」)
おじさん西原天気句集「けむり」を読む

木工房オーツー


新版MANOの伝言板


Soup Stock -七


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by tenki00 | 2011-12-22 21:00 | tenki-ku

関悦史「60棒」についてのメモ 02

(ザッパ実はあまり聴いてませんでした)
https://twitter.com/#!/Seki_Etsushi/status/148276177637883904
ザッパ(1940 - 1993)もまた関悦史さんの句を読んでいない。

というより、私が勝手につないでいるだけなのですけれどね。



796句と収録句数が多いのは大正解だと思う。



「事件性」ということがどこかに書かれていたか(忘れた)。



2011年12月に刊行されたこと。これも意義深いなあ。


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by tenki00 | 2011-12-19 21:00 | haiku

関悦史「60棒」についてのメモ

関悦史句集『六十億本の回転する曲がつた棒』(2011年12月・邑書林)についてのメモ

796句と多数を収録。のわりに知っている句は多い。「日本景」をはじめ、以前に連作としてまとめて拝読しているせいもある。

クリティカルな組成、クリティカルな距離の取り方は、大きな美点のひとつ。

例えば、作者自身の「熱狂」をいきいきと提示しながらも、半透明のパッケージにくるむかのような処理。それも「距離」の一例。

客観が効いている俳句は、やっぱ、安心して読めますね。

客観すべきは、対象よりも前に、まず「私」「作者」なんですよね。

出来上がりとして、「ことば」ベクトルのままに遊離するのではなく、ブツを全量として描くことで、そこにとどまる。

いや、ほんと、微細・切片よりも、「全量」感が強いすね。

ブツは、全体として雑然。雑然という配置が威力を発揮することに、ちょっと吃驚。

「詩的な純度」「文学的洗練」といった、欠伸の出そうな目標とはきれいに決別した感、あります。最初の章「日本景」は、「作品」としてはやや危ういが、愛せる。この、ちょっと裾のはだけたようなカジュアル感は、すごく愛せる。

どこを切っても面白い。金太郎飴ではなく、いろいろな顔が出てくる。これはちょっと魔法の棒。

なぜに黒田杏子氏? いや、それよりも、帯に××句撰という部品はおそらく不要。

フランク・ザッパのアルバムかな? 今のところの印象は。2枚組、いや3枚組くらい? 

ザッパのベスト盤てなものが意味を成さないのと、上記・帯の××句撰・不要論は同じ。

ここに句を引用する気にならない(今のところ)のと事情が似ている。1分聞いても意味がない。数時間、鳴らしっぱなしにする。

「最高!」「おもしろい!」なんて、のっけから軽々しく言っちゃダメ。いや、すごくおもいしろいんですけどね。「最高!」「おもしろい!」と言ったとたんに、食べ残すところが出ちゃうんです。もったいない。

ザッパのアルバムは、どこを切り取ってもダサい音がない。アイデアの宝庫。やっぱザッパかな、今のところ。

(おそらく続く)
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by tenki00 | 2011-12-18 10:00 | haiku

after the ball

『けむり』のパーティー(略して、けむパ)は、無事終了したわけですが、その日、なんともタイミングのよいことに、朝日新聞の俳句欄の隅っこに3行(!)で『けむり』が紹介してありました(その日、人づてに聞いて、お向かいさんに借りて見ました)。

紹介していただくのはとてもありがたいのですが、そのなかに、「ウェブマガジン『俳句時評』」とあって、えっ?

週刊俳句』の名が記されなかったことは残念なことでした。


当日、いろいろな方とお会いできました。私自身はもっとご挨拶・お話ができたらよかったのですが、まあ、なかなかそうは行かないのが、あの手のパーティーでしょう。

みなさま、ありがとうございました。

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吾郎さんがつくってくれたパーティーBGM。「煙が目にしみる」ばかり19ヴァージョン! 良い思い出になります。私が死んだら、これ、棺桶に入れてもらうと、いいかも、です。煙が目にしみる…。


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by tenki00 | 2011-12-16 21:00 | haiku

サーカス/海鼠

まちがってもシルク・ド・ソレイユみたいなんじゃないです、サーカスとは。

  サーカスを観て暗がりの海鼠の背  啞々砂

経緯がわかるという句ではありません。不思議な感触、不思議な時間がしっかりと定位している句。海鼠に背も腹もあったもんだじゃないというのは正確ではなく、背はちゃんとあります。

湿気のある、すこし匂いのするような観客席のひとつに腰かけ、ふと見遣ると海鼠の背があったのか、あるいはテントから出て、海鼠の背に出会うのか。サーカスも海鼠も、それぞれ大きな存在感をもって(詩的な、あるいは俳句的なイメージ喚起力をもって)存在するものですが、二つ合わさると、また違った妙味が生まれる。ドラマへとなだれ込んでしまうちょっと手前に踏みとどまった故の妙味とも言えそうです。

サーカスと海鼠、どちらが主題(主成分)なのか、なんて野暮はナシで、この二つが見事にバランスしていると読みました。

『塵風』第4号より。


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by tenki00 | 2011-12-14 19:00 | haiku-manyuuki