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けむりのパーティー

句集『けむり』のパーティーがあります。私としてはとてもおこがましいことですが、発起人(斉田仁、佐山哲郎、菊田一平、上田信治、長谷川裕各氏)のお心遣いであります。

どなた様もご遠慮なくどうぞ。遠方の方も、もしかしたら「ちょうど、東京に行く用事がある」ということがあるやも。どうぞお気軽にお越しください。

2011年12月11日(日)17:00〜
場所:後楽園涵徳亭
(JR総武線・飯田橋駅東口下車徒歩8分/地下鉄飯田橋駅からもほぼ同様)
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/access030.html
会費 4,000円(学生2,000円)

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なお、『けむり』ご所望の方は、tenki.saibara@gmail.comまで。

あるいは、西田書店ウェブサイト


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by tenki00 | 2011-11-30 19:00 | etc

いわゆるノンストップ・アクション

カンフー映画というのは、カンフーシーン以外は要らない、ってことはにあけれど、カンフー等のアクションシーンを活かすためのものに過ぎないですよね。その意味では、評判型回のに見逃していた「チョコレート・ファイター」(2008年・日本公開は09年・タイのカンフー映画!)をDVDで観て、大いに満足したのでありました。

父母の事情や主人公の「こころの病」的な設定はややまどろっこしくて、「早くアクションシーンに行こうよ」という気になってしまう。そのくらい、主人公ジージャー・ヤーニンの動きが素晴らしくて、その見せ方も楽しい。これは思ってた以上の映画でしたよ。

映画の後半、いったい何十分連続だ?というくらい長い長いカンフーシーンもあって、実感として、映画全体の4分の3はアクション、という感じです。それだけでも、あっぱれな映画と言えますよね。


で、「チョコレート・ソルジャー」(2009年)も観たのですが、こちらもジージャー・ヤーニンは大活躍。ムダにスタイリッシュな絵づくり、酔拳ならぬ「泥酔拳」、悪のアジトの「そこ、どこやねん?」感など、ちょっとガチャガチャはしていてもきほん楽しい映画でした。でも、「~ファイター」のほうを先に観るほうがよろしいと思います。


例えば、オリンピックでも体操競技など、あるわけですが、私は、それより、こっち観てるほうがよほど楽しいです。ジージャー・ヤーニン主演の映画なら、このさき、ぜんぶ観るぞ、というくらいに好きました。



(参考映像)

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by tenki00 | 2011-11-29 20:00 | pastime

俳句をつくること=演奏

週刊俳句・第240号・後記(≫こちら)にある楽譜と「奏者による演奏の"癖"」という部分、音楽をやる人には、わかりにくいだろうなあ、と思いながら読みました。

「癖」で奏者の個性が出るということではないですし、それに、酒席でのご友人の話から言えば、作句=作曲みたいな感じでしょうし。

しかし、ま、かたいこと言わずに、音楽と俳句の譬えは、私もまえまえから関心を持っています。この生駒氏の「後記」とはちょっと離れますが、こういうことです。

音楽には、曲づくり(作詞・作曲・編曲)と、そしてそれとは別に、演奏というものがある。この演奏という部分、パフォーマンスの部分が、俳句などをやっていると、うらやましくてしかたがないのです。

例えば、スタンダード・ナンバーは、何十年にもわたって、無数の奏者が演奏する。クラシック音楽もそうですね。ポップ音楽も、カヴァーというパフォーマンスがあります。それにまた、自分で作った曲でも、それを演奏する際には、演奏の楽しさがある。

「音楽をやる」ということに、曲をつくることだけでなく、パフォーマンスという行為がくっついてくること。これは楽しい。自由で風通しがいい世界のように思えるのです。

翻って、俳句。句をつくること=曲をつくること、と捉えると、音楽には存在するパフォーマンスの部分がかけてしまい、これは、もう、なんというか、心が晴れない。俳句は、音楽と比べて、なんとも窮屈に思えてくる。

ところが、これに、いい解決策を見つけました。もうどのくらい前か忘れましたが、岸本尚毅が、なにかの本で、俳句は作曲ではなく演奏なのだ、といったことを書いているのを見つけたのです。

曲は、季題。俳句をつくることは、季題という曲を演奏することだ、と。

作句がパフォーマンスであるなら、私の気は晴れます。

句をつくることは、作曲ではなく、パフォーマンス。うん、これですね、と。作句を、いわゆる「創作」と考えるのはやめました。

作句がパフォーマンスなら、曲にあたるものは何でしょう?

私には、岸本尚毅のように「季題」とは言えない。だから、曲は「俳句という形式」、そして「自分を取り囲むもの」と考えることにしました。「俳句形式」「自分を取り囲むもの」という曲(楽譜)を演奏するのが作句。

こう考えると、気分が軽くなります。

創造性(クリエイティビティ)? それは私にはあまり要らない。曲(俳句形式)がすでに創造性豊かだから。

書く動機(モチベーション)? 私個人にそれを問う必要がない。パフォーマンスへの欲求は、身体的なものです。ボールがあれば、それを投げたり打ったりしたくなる。俳句を作るのもそれと同じ。

創造性も動機も要らないとなると、何が必要か? それは、まあ、演奏を楽しむ気持ちと演奏技術くらいでしょうか。気持ちと技術。これ、ほしいですね、切実に。

というわけで、作句は、演奏なのでした。



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by tenki00 | 2011-11-28 22:45 | haiku

美味しすぎる句会

医者から、体重を落とすこと、運動をすることを厳命されている身としては、おみやげに持ってきていただいた美味しすぎるイクラ(「サーモンキャビア」との商品名)は、かなり酷でございました。

で、句会のほうは、「ナベツネ」などという席題を出す乱暴なお方がいらっしゃったりして(いつものことですが)、

  ナベツネも海鼠も地震もナで始まる

といった箸にも棒にもかからない句を楽しく捻り(みなさん、じょうずに、かつトンデモなく、ナベツネを詠み込まれるので感心いたしました)。

合評後も、「俳コレ」秘話やらハッテンバの話やらで。

句会というのは、おもしろすぎるのが難点ですね。

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by tenki00 | 2011-11-28 12:00 | haiku

不足と過剰

ちょっと変わった席題(テーマ詠)の句会に行ってきた。「要素が多い句」「要素が少ない句」をそれぞれ5句ずつ持ち寄る。俳句というのはだいたい2つの要素で構成するのが収まりがいい。そうではなく、ということだから、ふだんとはかなり調子を変えないといけない。

要素が少ないということは、1つの要素。一物仕立てにしても、要素は2つということが多いので、これは大変です。

   そこはそれいろいろありまして鯨

要素を盛り込まないぶん、おしゃべりで残りの音数を埋めた感じ。


一方、要素の多い句は、手順としては、ひとまずの構成に何かを足す、という、こちらはいささか安易な手順で、

  夕さりのくぢらが煮えて人の妻

人妻とか未亡人とか入れておけば、くどくなるし、よかろうと。

ただ、これ、要素が2つともとれるので、とりあえず多いぞ、という作りで、

  とある日の海鼠・地図・雲・耳・振り子


いつもとは違った趣向というのもよいものです。作る本人はそこそこ楽しめました。


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by tenki00 | 2011-11-27 08:43 | haiku

徳永政二フォト句集1『カーブ』

徳永政二フォト句集1『カーブ』は、徳永政二の川柳と藤田めぐみの写真による1冊。俳句でよくある、写真が句の説明に、句が写真の説明になってしまった悲惨な共倒れパターンとは一線を画し、並べられた句と写真は、きちんと距離がとれているので、安心してページがめくれる。

  空を押すように金魚の浮くように  徳永政二

  こころとはどんなものかと石段を  同

  弟がしじみになってあらわれる  同


藤田めぐみさんの写真は、以前、ウェブで見て(≫http://megmego.com/)、いいなあと思っていたので、紙で見られたのがうれしい。

版元のあざみエージェントのウェブはこちら≫http://azamiagent.com/

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by tenki00 | 2011-11-26 10:00 | book

千倉

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by tenki00 | 2011-11-24 20:00 | sampo

くにたち句会11月のお知らせ

2011年11月27日(日) 14:00 国立駅南口集合
句会場所:キャットフィッシュ
http://r.tabelog.com/tokyo/A1325/A132503/13087692/dtlmap/

席題 10題程度

よろしければ句会後の飲食も。

はじめての方もひさしぶりの方も御常連さまも、よろしくどうぞ。


(資料映像)d0022722_138613.jpg
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by tenki00 | 2011-11-22 22:00 | etc

けむリンク

句集『けむり』を取り上げていただいているリンク集です。誠にありがたいことです。

※google のお世話になりましたが、遺漏があると思います。ご海容ください。



金魚すくいの薄い紙:僕が線を引いて読んだ所

新版MANOの伝言板(小池正博)

閑中俳句日記(別館)-関悦史

筆まかせ

七曜詩歌ラビリンス4(冨田拓也):詩客

日めくり詩歌 四十番 品川の鯨(高山れおな):詩客

百句悶々#019

ににん・受贈著書

What 楽句?

夏潮

エロティシズムを詠む…生命賛歌

亭主の日乗

美代子の一元ブログ

ここかる

月島のどの路地からも同じ月:spica

死がふたりを分かつまで?くレタスかな:spica

てきたうに光をあつめたら水母:spica

栗林浩のブログ

俳句と書

関心空間(小野裕三)

Soup Stock -七

memo 清水かおり

増殖する俳句歳時記

月曜日の一句:ウラハイ

スタジオ・トラミーケ


西田書店ウェブサイト

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by tenki00 | 2011-11-20 22:00 | tenki-ku

聞き比べ Together Till The End Of Time

まずはブレンダ・ハロウェイ。モータウン。When I'm Gone(1966年)という名曲のある人です(このTogether Till The End Of Time は1965年)。



で、マイク・ブルームフィールドとアル・クーパーのライヴ(1968年)。なかなかのカヴァーです。アル・クーパーのヴォーカルはちと拙いけれど、ギターがよろしいです。演奏全体も当時の熱気(っても、実際には知らないのですが、そこはそれ、当時、レコードを通して伝わってきた熱気)がこもってます。



この YouTube の音、妙にカンカンしている(でじたる・りますたー?)。特にスネアーとか、こんな音だったっけ?と。レコードで聴いて憶えている音と、ちょっと違います。

でも、マイク・ブルームフィールドのギターの音は、こりっとした核があって表面がぬめっとして、いま聴いてもカッコよかですね(フレーズもちょいと凝ってます)。


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by tenki00 | 2011-11-18 23:05 | pastime