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エビネラン

エビネランをググると、育毛剤がたくさんヒットするんですけど?

ま、それはそれとして、

  もの書かぬ机にえびね蘭の鉢  綾野道江

句集『沃野』(2011年8月・本阿弥書店)の掉尾を飾るのがこの句。

綾野道江氏の師は、故・中島斌雄。その最後の作品が、

  エビネラン一角獣をさしまねき  中島斌雄
 
オマージュになっているわけです。

こんなふうに師への愛と尊敬をかたちにするのは、ステキですね。

  
中島斌雄については、例えばこちら≫冨田拓也・俳人ファイルⅩⅣ

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by tenki00 | 2011-09-30 12:41 | haiku-manyuuki

3年後の訂正

猫髭さんの書き込みで思い出したのでしたのですが、私、3年前に、誤引用をやっていまして。

http://tenki00.exblog.jp/8213450/

見た → 来た じゃなくて、次が正しいんです。

  来たことも見たこともなき宇都宮  筑紫磐井

3年以上経過してからの、ってことで、えらいこと間が抜けてるんですが、ここで正式に。

関係各位にお詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。


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by tenki00 | 2011-09-27 22:00 | haiku

コレラ

以前、東京都の伝染病だか細菌だかの研究施設に、ちょっとした用で行ったことがある。木造建てでちょっと蔦がからまっていたりして(ここは記憶の脚色かもしれぬ)、えらく雰囲気のある建物だった。廊下を抜けて、部屋を抜けて、すると、そのへんの棚に置かれたガラス瓶に、コレラ菌だとかナントカ菌だとかと書いた紙ラベルが貼ってある。ことばの威力はすごいもので、病原菌の名前を見ているだけで、アタマがぼーとしてきて、体温が上がっていくような気がした。

  コレラコレラと回廊を声はしる  青山茂根

回廊だから、どこかへ抜けていくことはない。永遠のようなものだ。声が「はしる」という言い方にも、なかなかな迫力がある。読んでいる者が不穏な気分になるのみならず、世界に事件が起きそうですよね。


掲句は『BABYLON』(2011年8月・ふらんす堂)より。ほかに何句か。

  いはれなくてもあれはおほかみの匂ひ

  いつせいに星を廻せる鯨かな

  塔あらば千の虫籠吊るしたし

  鶯を入れて苔むす景色かな


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by tenki00 | 2011-09-26 22:00 | haiku-manyuuki

江戸川

カーネーションの「江戸リヴァー」という曲から始まる私的コンピレーション。



Edo River 2011/9/25
side A
01 Carnation: Edo River
02 United Future Organization - Stolen Moments
03 Billy Preston: Both Ways
04 Groove Collective: Mr. Grier
05 Elvis Costello: Tears at the Birthday Party
06 Sly & the Family Stone: Sing a Simple Song
07 Everyday People
08 Somebody’s Watching You
side B
09 The Brand New Heavies: I Like It
10 Steely Dan: Only a Fool Would Say That
11 Tower of Power: Squib Cakes
12 Marlena Shaw: Go Away Little Boy
13 Gladys Knight & the Pips: Midnight Train to Georgia
14 Carnation: The Letter
15 Earth, Wind & Fire: That's the Way of the World
16 The 5th Dimension: I Didn't Get to Sleep at All
17 Jackie Gleason : You're My Greatest Love

前回に続きソウルっぽい。でも、あんまり練ってはいない。テキトー性の強いコンピ。ご興味のある方はご連絡を。


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by tenki00 | 2011-09-26 18:00 | pastime

遊ぶこと・含羞ということ

佐山哲郎句集『娑婆娑婆』が増刷になったそうだ。

  逝く春を交尾の人と惜しみける  佐山哲郎

この句は、この句集の3つの要素を併せ持つという意味で特別な句と言っていい。つまり…

もじり
語呂合わせ
エロ

この3つ。

(もじりという点で、なぜ芭蕉の原典とは違う「逝く」になっているのか、私には疑問。ここは「行く」でしょう)


ところで、この句集の出版記念会にお邪魔してきたのですが、皆さんの挨拶に、「この句集は、言葉遊びだけではない」というセリフが多かった。つまり、もじり、語呂合わせ以外にも、いいところがたくさんあるということを、多くの方がおっしゃっていた。

これを聞いていて、ああ≪言葉遊び≫がずいぶんと虐げられているのだなあ、と思いました。

遊んで、悪いですか? 言葉遊びは恥ずべきことなんでしょうか?

『娑婆娑婆』の最大の魅力は、素晴らしく馬鹿馬鹿しい遊びに満ちているところです。馬鹿馬鹿しくない句も、そりゃあ、もちろんありますが、そこはストロングポイントにはならない。

俳句世間一般、遊んでいない句、遊べていない句、そこそこマジメで、そこそこ巧く行っていない句、もっと言ってしまえば、そこそこヘタなマジメ句なんて、掃いて捨てるほどあるじゃないですか。

佐山哲郎氏の句は、フマジメです。そして、巧いです。そして、遊ばずにはいられないという、含羞。ここが大事なところです。

(大マジメでしか俳句をやらないという人には、「少しは恥ずかしがってくださいよ」と申し上げたくなります)


為念。誰もが、佐山哲郎氏のような句をつくるべきなんて言ってるんじゃないですよ。遊び方は、人それそれですからね。


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句集『娑婆娑婆』の購入はこちら

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by tenki00 | 2011-09-25 11:00 | haiku-manyuuki

配偶者 有・無

繰り返される問題なのですが。

生駒大祐「主体に関する短い質問状」
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/09/44.html

主体、なんて言うと、なんだか小難しそうだし(ちょっとカッコいいということなのかしらん)、大袈裟なので、≪A 書き手≫と≪B 俳句の登場人物≫の問題くらいでいいんじゃないかと思うのですが。

≪A 書き手≫についてもう少し言えば、その生物学属性(性別・年齢)・社会的属性(職業・年齢等々)。≪B 俳句の登場人物≫については、それが誰か、ということですよね。

そこでですが、生駒氏の記事は、男性・性と女性・性の話題にまで拡がる(というか、これがメインか)わけですが、それは「主体」の問題と分けたほうがすっきりすると、私は思っています。性のモチーフは、書き手から離れて、俳句そのものとして扱えるものだし、その書き手なり登場人物の如何についての身辺調査のような作業は、必ずくっついてくるものではないので。

で、とりあえず、書き手と登場人物についての話なのですが、生駒氏が『俳句』誌から引いた次の箇所が興味深い。
(「雲海の底に妻らは働けり 中村安伸」 に対して)
西村和子(以下西村) 奥さんがいるんですか、中村さんには。
こういう、書き手の現実への興味というのは、俳誌でよく目にします。

私は素直な読み手なので、この句を読んだら「ああ、作者には妻がいるんだな」とほぼ反射的に思います。意識するほどのこともなく、「作者の妻」の存在は瞬間に前提となります。ただ、ここが重要なのですが、書き手である中村さんの現実のなかの「妻」を前提とするのではありません。作者としての中村安伸には妻がいる。そう読みます。

ここで、思い当たったのが、この句(最近ツイッターで話題にのぼっていました)。

  野遊びの続きのやうに結婚す  山口優夢

これを読んで、作者は結婚するんだ、あるいは、結婚したんだ、と読む。ところが、ここで現実の山口優夢という人について、私が知っているだけに、ちょっと軋みのような感触も残る。現実の優夢君は、私の知る範囲で、まだ結婚していない。だから、「結婚するなら野遊びの続きのように」と解するのが、作者の優夢君と現実の優夢君の折り合いを(私の中で)つけるにはいいのかもしれない。

例えば『俳句』誌で、この句が取り上げられたとしたら、やはり、「山口さんは、結婚したんですか?」という質問が発せられそうだ。

そのとき、作者の現実的事情=俳句の内容、あるいは、俳句の登場人物=現実の作者、が読みの前提にする人が読めば、この「野遊びの」の句には、ウソ、あるいは虚構が入っていることになる。


では、既婚者がこの句を詠めば、どうなのか。ウソにはならないのか。

「野遊び」の句を見て思い出したのが、むかし作った句。

  はつなつの土手をぶらぶら入籍す

この登場人物は「誰か」ではなく、書き手(私)、と解されるように書いています。私は既婚です。入籍もしています。だからウソはない。…といえるかどうか。入籍したのはずいぶん昔の話だし、時期が初夏かどうかは知りません(嫁はんに任せっきり)。

ありゃま、ウソじゃないですか! という人もいると思います。

もちろん、この句の気分にウソはありませんが、んんん、難しいですね。


結論というのは、現時点では、とりたててありません。

ただ、読み手として自分は、作者が現実に如何なるものなのか、よりも、俳句における作者が如何なるものかを優先して信じたいと思っています。身辺調査は、不要かな、と。


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by tenki00 | 2011-09-24 23:16 | haiku

くにたち句会(9月)のお知らせ

再。

9月25日(日) 14:00 JR国立駅南口集合。
句会場所:キャットフィッシュ (確定です)
http://r.tabelog.com/tokyo/A1325/A132503/13087692/

席題10題程度。

初めての方も久しぶりも方も御常連様も、どなたもお気軽に。


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by tenki00 | 2011-09-23 00:49 | etc

月蝕

硬質の韻律が支える美しい景色。

  月蝕や背を割って飛ぶ黄金虫  綾野南志

調べ・リズムがたいせつです。意味よりも先にそれがある。


掲句は『烏兎怱怱(うとそうそう)』(2011年8月・本阿弥書店)より。

先の句はいくぶん耽美的ですが、句集全体は、そうでもありません。骨太な句、という印象です。ほかに何句か。

蔦が木を締めつけている寒気団

霧のなか富士の全量居座るか

人憎みおれば生き生き雪が降る

もう刻(とき)はゆっくり行かずクリスマス


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by tenki00 | 2011-09-22 21:56 | haiku-manyuuki

かん!

草原のまんなかを舗装されたきれいな道が走っていたりする。観光地なんかでは、よく。

  ばつた跳ねガードレールをかんと打つ  中本真人

かん! とほんとに音がしたんでしょうね。ここまで聞こえてきそうです。


掲句は『庭燎(にわび)』(2011年8月・ふらんす堂)より。他にいくつか。

  梯子からお茶を受け取り松手入

  青写真忘れし頃に出来上がる

  日焼して学生証と顔違ふ

  遠足を離れて教師煙草吸ふ


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by tenki00 | 2011-09-21 22:24 | haiku-manyuuki

俳句のお値段

田島さんが「自分の俳句に値段をつけるとしたら、いくらか。考えてみた。10句で2万円。どうでしょう。」とツイート。そこから少し話題が展開。

とぅぎゃるのはめんどうなんだけど、めんどうがりだすと人生ぜんぶめんどうになるので、これではいけないということで、≫とぅぎゃりました(http://togetter.com/li/190667)

途中からか、最初からか、「価値」と「価格(値段)」がごっちゃになっている時点で私はついてゆけず。

さらには、句集や雑誌の個体価格を、俳句の数で割るという、わけのわからない算数が始まったりして。


ひとついえるのは、

  あなたや私がこれまで俳句にかかずらってきた時間  プライスレス


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by tenki00 | 2011-09-21 12:22 | haiku