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消息

ウラハイに、【裏・真説温泉あんま芸者】どんどん俳句的じゃなくなっているかもしれない日常 を書いています。




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by tenki00 | 2010-07-26 12:12 | haiku

くにたち句会7月のお知らせ

2010年7月25日(日) 14:00 JR国立駅南口 集合

句会場所 キャットフィッシュ

席題句会です。

連絡先(メール、携帯電話番号)は、七曜堂のどこかに落っこちています。

ご常連さま、ひさびさの方、はじめての方、いずれもご遠慮なく。
(きほんバカでヤクザな句会です)




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by tenki00 | 2010-07-24 12:29 | haiku

まだやってるんだ!



年取ったトランプスのみなさん。

後ろの紳士淑女の冷たい視線、窓からの自然光が、そうとうおかしい謎の番組。

2008年のライブもあった。≫http://www.youtube.com/watch?v=n0Px8VsOBe4

名作アルバムから ≫http://www.youtube.com/watch?v=sVrCfK5foS8



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by tenki00 | 2010-07-20 23:31 | pastime

パンツ余話

エントリー「定型=パンツ説」から、あるいはそこから離れ、いくつかの関連ツイート。

≫まとめ http://togetter.com/li/35781

そこでわかったのは、「含羞? え? なにそれ?」という俳人さんが思いのほか多いということ。

含羞がなければ覚悟は不要。人によっては、ときとして、「私を見て!」の欲望を「俳句」という形式にくるんで、マイルドな「自分娯楽」に勤しめるということかも。

付記
ただし、なにをパンツと思うか、どこを隠せばよいと思うかは人によって違う。なにを「ネイキッド」(ヌードではない禁忌の裸)とするかが文化によって異なるのと同じ。


関連:素敵なアンソロジー ≫パンツ7句:Rocket Garden~露結の庭



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by tenki00 | 2010-07-20 12:00 | haiku

紙とインターネット

どっちが長持ち?という話。

筑紫磐井「―俳句空間―豈weekly」の終刊にあたってなすべきこと=通時化 豈 Weekly 第100号
http://haiku-space-ani.blogspot.com/2010/07/blog-post_2177.html

週刊俳句第169号・あとがき
http://weekly-haiku.blogspot.com/2010/07/169.html

見解がまったく違いますね。

筑紫氏は、ウェブサイトの物理的存続を信じていない。

私は、いささか暢気に信じている。それより以前に「紙の本」の読者への届き方に疑いを持っている。

※週刊俳句で使うブログサービスとして「blogger」を選んだ理由のひとつに、グーグル社は潰れたり買収されたりの可能性が少ないと踏んだことがある。gooブログやexciteやlivedoorブログやHatenaとの比較で、どこよりも長持ちするだろうとの読み。当たっているかどうかはわからない。

「ミラーつくっとけばいいんじゃない?」という助言は、おっと、私よりも、筑紫磐井氏に。



なお、物理的にではなく、言説として批評として、いかに通時化するかは、また別問題。



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by tenki00 | 2010-07-18 14:49 | haiku

定型=パンツ説

俳句の定型・破調・自由律について。

ものを書くとき、実用から遠ざかるほど、恥ずかしい。文芸は恥ずかしい。

したがって、五七五定型は、せめてのものパンツ。

なお、最後の一枚のパンツをも脱ぎ捨てたくなる人の気持ち、そのときの衝動も、わからなくはない。

現代詩と短歌と俳句の違いは、「ひょっとして私いま裸?」状態でいる時間の長さ。現代詩>短歌>俳句。恥ずかしがり屋さんは、俳句を選ぶ?

恥ずかしがると、こっちまで恥ずかしくなるから、やめれ、そもそも、そんなに恥ずかしいなら、やめれ、という読み手の言い分は至極ごもっとも。

ちなみに、みんなが恥ずかしがって、実用的な文章しかない世界になったとしたら、つまらない。というか、かなりキツい(逆はもっとキツいけど)。パンツいっちょになる人、パンツまで脱いじゃう人も必要です。




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by tenki00 | 2010-07-15 23:40 | haiku

ある俳句ロボットの栄光と終焉

俳句ロボットのいちばんの弱点は「調べ」のセンスがないこと。俳句に「声」や「調べ」を重視する派(eg 私)は、じつはそれほど脅威に感じていない。

主体に重きを置かない派(eg 私)は、俳句ロボットを、脅威ではなく、親密に感じている。俳句ロボット=何者でもない、俳句を詠む私=何者でもない

俳句ロボットの大きな長所は、語彙が限定されているので、作家性が出やすいこと。さて、そこで、非・主体の作家性とは? ここはなかなかに刺激的なテーマ。

俳句は月に1~2回の句会でつくればじゅうぶん派(eg 私)から俳句ロボットへ:そんなにポコポコたくさんつくってどーする?


ともあれ、悪水さん、裏悪水さん、また逢う日まで。
(仮の生と仮死とを軽くひょいひょいと行き来するのがロボット。エネルギーの切れた仮死のアトムの美しさよ)

さよなら悪水・関連記事(Rocket Garden ~露結の庭)
http://yamadarockets.blog81.fc2.com/blog-entry-414.html
http://yamadarockets.blog81.fc2.com/blog-entry-415.html




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by tenki00 | 2010-07-14 12:00 | haiku

不思議なしゃべり方

ワールドカップ、現時点(準決勝のうち1試合が終わった)で、優勝は、オランダ、ドイツ、スペインに絞られました。これまで欧州以外の大会で、欧州チームが優勝したことはないそうですが、欧州チームしか残っていません。

で、どこが優勝するか、とか、そういう話ではなくて、報道記事の話。海外のスポーツ選手(とりわけ欧米の選手)の「独特」の口調が気になる、という話。

以下は、スペインのゴールキーパーの試合後コメント。
「すごくうれしいよ。苦しい勝利だった。ほかの試合で僕らはもっとうまくやったけど、今日はパラグアイが最後まで僕らを苦しめたんだ。そうなるとは思っていたよ。W杯の準々決勝になれば、簡単な相手など存在しないからだ。誰もプレゼントなんかしてくれないからね」

「ちょっとクレイジーな試合だった。後半、1分の間にそれぞれにPKがあったんだからね。(パラグアイFWオスカル・)カルドソがPKを蹴ったとき、僕はナーバスだった。計り知れない責任を感じていたんだ。でも幸いにも、セーブすることができた。これは(控えGKペペ・)レイナに捧げたい。彼はカルドソのことをよく知っていて、どこに蹴るかを教えてくれたんだ。レイナは素晴らしかったよ」
http://news.livedoor.com/article/detail/4865422/
直訳調は別としても(翻訳の巧拙という問題も置くとして)、語尾のこういう処理は、スポーツ選手のコメントに特有で、古くから変わらないような気がする。

「うれしいよ」「苦しめたんだ」「「感じていたんだ」「素晴らしかったよ」

こんなしゃべり方をする日本人はいない。こんな日本語をしゃべる外国人もいない。これは、この手の記事の中にだけ存在する日本語で、いわば「文語のなかの口語」。

野球はどうなのだろう。以下はサンケイ。マートン選手(タイガース)のコメント。
「1Aの時にはホームランダービーに出て優勝したんだ。でも試合では引っかけた当たりばかりで、みんなに笑われてしまったよ。2Aは選ばれたんだけど、(3Aに)昇格して出られなかった。3Aでは打てなかったから、合計4、5打席でヒット1本くらいかな」
http://www.sanspo.com/baseball/news/100706/bsb1007060503004-n2.htm
やっぱり同じ。

アジアやアフリカのスポーツ選手の場合、どうなのだろう。また、見ておこう。


そういえば、欧米の映画やドラマの吹き替えにも、「どこにも存在しない日本語」が。

http://www.youtube.com/watch?v=UNPZYA7xKZ4

「大丈夫かい?」「ショックだよ」「言ってるだけさ」

あんまり聞いたことがない。


ちなみに、オシム前日本代表監督語録。
http://matome.naver.jp/odai/2127717648817685301

箴言集っぽいこちらは、ふつうの語尾です。

年齢なのか、キャラ付けの事情なのか。

まあ、オシムが、「勝てたはずさ」とか「何を見ていたんだい?」とか言うと、ヘンですよね。




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by tenki00 | 2010-07-07 08:12 | pastime