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苛酷

木と生まれ俎板となる地獄かな  山田耕司

このたびの世にては焼死する穴子  佐山哲郎

切り刻まれたり、焼かれたり。人間よりも彼等のほうがずっとたいへんです。

上:山田耕司句集『大風呂敷』(2010年1月)より。
下:『塵風』創刊号(2009年6月)所収「雀荘は『劉国』居酒屋は『安吾』」より。
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by tenki00 | 2010-02-23 21:00 | haiku-manyuuki

くにたち句会2月のお知らせ

2月28日(日)14:00 JR南武線・谷保駅北口に集合
谷保天満宮の梅を観ながら散歩 句会場所:未定
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by tenki00 | 2010-02-22 18:58 | haiku

なんとなく開始(タイトル先行)

週刊俳句で不定期連載を始めました。

 真説温泉あんま芸者

こちら

俳句のことを書きます。むずかしいことは書けません。ごめんなさい。
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by tenki00 | 2010-02-21 21:00 | haiku

自分とか他人とか

で、読みました。中村うさぎ『狂人失格』(太田出版2010年2月)。百句会の行き帰りの南武線と東急で。

小説というよりも、事の顛末を記した読み物。事実関係についてはまとめサイトもある(http://wiki.livedoor.jp/shiryou2/)。

おもしろいともおもしろくないとも言えない内容。終わりのほうは、もっぱら思索と分析。まとまりはいいが、読者にはやや欲求不満。著者のための本、という部分が大きいのだろう。

自分とか他人とか、ほんとに厄介なものだなあ、と。

読み方によっては、こっちのアタマまでおかしくなるドキュメンタリーではあります(思索・分析をやめて、事実の細部の描写があれば、なおさら、そうなったでしょう。迫力も出ただろうが、もっと危ない読み物になっにちがいありません)。
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by tenki00 | 2010-02-21 15:30 | pastime

闘争

男の社会って自虐が通用しないじゃない? 「俺なんてこんなにバカですよ」って言ったら額面どおりに受け取られて、いじめられたり軽く見られたりする。むしろ「いやぁ、困っちゃったよ」なんて言いながら「モテてモテて困る」とか「どんどん金が入ってきて困る」とか、小自慢でマウンティングし合ってるのが男の社会。女でそれをやると、たちまち総スカン喰うよね。女の世界では自虐する者こそ王になる。生き抜いていけるんだよ。そのちがいは何なんだろうね。
中村うさぎインタビュー

そんなものなのか。女性のことはさておいても、前半、いまひとつ、ぴんと来ない。「俺なんてこんなにバカ」証明が、男性小集団へのイニシエーションだったりしますけど?

それは、劣位を認めることで衝突なしに成員にしてもらい、そののち「小自慢のマウンティング」を積み重ねるのかもしれません。

一方で、職場とかでは男性同士のほうがむしろ嫉妬が「凄い」というのは、女性から何度か聞きました。

みんな、たいへんです。

ま、それはそれとして、『女殺借金地獄―中村うさぎのビンボー日記』(1997)がピカレスク小説として異様に面白かった中村うさぎ。このインタビュー記事で新刊の『狂人失格』が読みたくなり、買うことにしました。これはきっと女性の闘争の話なんだろう。楽しみです。
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by tenki00 | 2010-02-20 22:30 | pastime

『塵風』第2号、出ました

d0022722_14445499.jpg『塵風』第2号 2010年2月/全168頁/頒価1,000円

俳誌と銘打たれていますが、記事・ビジュアルが豊富かつ充実です(俳句のみのページは全体の30%弱とシェア少)。
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お問い合わせ/お買い求めはyutenji50@gmail.com まで
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目次・抜粋

【特集 風景】
●斉田仁 関東ローム層 20句
●渡邉秀雄 幻となって息づく風景~ある「歌枕」論に触発されて
●宮岡蓮二 失われる戦後風景
●井口吾郎 赤と黒の圭子 原風景としてのレコード店
●宇野亞喜良 眠れる少女(18句+イラスト)
●石澤治信 アントニオーニ 抱擁する風景
●村上健 商店図譜
●皆川燈 記憶の幻郷へ つげ漫画のぬくもりと懐かしさ
●浮かび消えてゆく風景とは……森井睦
●山羊タダシ 地の星屑
●山口東人 地下室のメロディ 水路の風景をめぐって

d0022722_1430432.jpg高野文子インタビュー「もの・しぐさ・身体・視線」 一挙19ページ!
●『塵風創刊号』読後評 谷雄介/山口優夢
…ほか
題字:北村宗介 表紙写真:鬼海弘雄

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私は塵風同人なのかそうでないのかわからぬまま俳句を載せてもらってます(すみません)。


追伸:奥付に「ものすごいもの」を見つけてしまいました。
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by tenki00 | 2010-02-19 18:00 | etc

カレーの匂い

雷が落ちてカレーの匂ひかな  山田耕司

落雷の垂直とカレー香の水平。措辞や趣向が凝らされているわけではないのに、捕まえられてしまった句。

掲句は、あの、

少年兵追ひつめられてパンツ脱ぐ

…という圧倒的な句を含む句集『大風呂敷』(2010年1月)所収。気ままに何句か。

泣き止みし疲れよボートすべて空(から)

馬と陛下映画の夏を通過せり

わが恋の臍であぢはふ青畳

春の夜に釘たつぷりとこぼしけり

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by tenki00 | 2010-02-18 21:30 | haiku-manyuuki

感動をありがとう!

いや、ありがたくないです。

NHKで冬季五輪を観ていると、「それではこのへんで皆さんからファクスやメールをご紹介します」とかなんとかいった時間になって、「そんなものはいいから、競技の映像を流せ!」と視聴者の大多数が思っているはずなのに、なぜ、あんなコーナーがあるのでしょう。

双方向性とか? そういうのがこれからのテレビには大事だとか言う人がいたりして?

で、じつは俳句の話です。

その句会のリーダー格の人が、「で、あなたはそれを見て何に感動したの? 感動したから句にしたんでしょ。それが伝わってこない」というようなことを言っているのを聞いて、ぼくは「?」と思ったものだ。
感動するから句を作るのか?
考えたこともなかったので驚いたのである。
でもそれに類した発言をその後、何度か聞くことになり、どうやらそれほど珍しい意見でもないらしいことを知った。
そんな「指導」を受けた人は、ひたすら感動探しに明け暮れることになるだろう。

なんか変だ:無門日記

俳句と感動をセットに考える人はきっと多いと思います。

試しに、「俳句 感動」でgoogleしてみると、523,000件がヒットしました。(註1)

私も前掲ブログ記事の書き手・五十嵐秀彦さんとほぼ同じで、「?」と思います。

1 ふつう、人はそんなにしょっちゅう感動しない。「感動」を指導する人は、周囲から「感動屋さん」と呼ばれていたりして、ちょっと厄介な人に思われている可能性が大。
2 作者の感動に、興味がない。※作者の心の動きに興味がないこととパラレルかも。
3 それは、主情的な句を好まないという、単に好みの問題かもしれない。
4 句から「興趣」を受け取ることはある、それは好き。感動とどう違うのか(はっきり違う気がする) 

いずれにせよ、あなたの「感動」を私に伝えていただかなくてよろしいのですが、じゃあ、何を?と問われると、俳句というのは「伝える」ものではない気がします。

何かを伝えるには、不都合の多すぎる形式ですし(字数の問題だけではなくて)。

(註1)
「俳句 感動」でgoogle 523,000件
「短歌 感動」でgoogle 271,000 件
「小説 感動」でgoogle 5,790,000 件
この数字は、市場規模をゆるやかに反映している気がします。 
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by tenki00 | 2010-02-17 22:00 | haiku

kigos ethos

そんな、本意、本意と言いなさんな、という…
髙柳克弘・自然の手触り/週刊俳句第147号

更新されるべき教科書を、更新のないまま使用しているのが「本意」崇拝なのでしょうが、その人たちはきっと、更新された内容を「本意」とは呼ばないでしょう。変わらないものが「本意」と信じれば、「本意もまた変わっていく」という捉え方はあり得ない論理矛盾となります。

季語の話。

分解して再検討することが大事、なんですね。
上田信治・西村睦子『「正月」のない歳時記』を読む/同上


まさしく「伝統の発明」であるところの虚子/ホトトギスの営為を、ホブズボウムのInvention of Tradition論をベースに、どなたかまとめてくださらないかしらん。
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by tenki00 | 2010-02-16 11:04 | haiku

イン・ザ・スープ

d0022722_1658636.jpgスティーヴ・ブシェミ主演ということだけで他の情報もなしにTSUTAYAで借りた「イン・ザ・スープ」(アレクサンダー・ロックウェル監督1992年)がおもしろかった。

映画作りを夢見る貧乏青年(ブシェミ)がもう売り払うものもなくなって映画原稿を売りに出す。買い手として現れるのがジョーと名乗る怪しい老人(シーモア・カッセルという役者。この人が抜群に魅力的)。ふたりの同棲のような生活が始まるが、詐欺やヤクの売買で儲けたカネは遊興に周り、映画制作はいっこうに始まらない。

青年の構想する映画がトンデモない代物(20分間の暗転!)という時点で、よくある「映画ラブ」な映画とはちょっと違う。

(映画に捧げる映画ということで「シネマ・パラダイス」を思い浮かべる人は多いかもしれない。ぜんぜん違います。ちなみに「シネマ~」は嫌いな映画。人の好みっていろいろです)。

シロクロ画面に暗転多用となれば、ジム・ジャームッシュですが、これがタチ悪のTVプロデューサー役で出演しているというオマケ付き。観ているこっちが脱臼を起こすようなジャームッシュの暗転と比べ、「イン・ザースープ」の暗転はなんだか暖かい(俳句で言えば「春の闇」です)。

ともかく、ジョーという老悪漢の粋なこと、いいかげんなこと。魅了されっぱなしになります。

で、最後は……もちろん言いませんが、「あ、映画on映画(メタ映画)」というエンディング。

こういう話、好きだなあ、こういう映画、好きだなあ、と。
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by tenki00 | 2010-02-15 22:00 | pastime