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しずる断章

星野しずるのつくる歌に違和感や(軽い)嫌悪を表明する人びと。彼らのつくる歌が、読者(私)を愉しませるにおいて、星野しずるに遙か及ばない確率はきわめて高い。星野しずるは残酷な機械。



星野しずる的なことはしょっちゅう起きる。作曲家/演奏家のピアノが引越のとき、ぽろんと鳴る。その響きが、彼らの全作品・全演奏より遙かに美しいといった出来事。
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by tenki00 | 2010-01-31 10:30 | pastime

作者の内面

いまさらですが、感情・信条の吐露と俳句の問題。

これは、いちめん、じつにシンプル。私(読者)は、あなた(作者)の感情・信条(言い換えれば内面)にまったく興味がない。だから、それ(内面)を詠まれても、困る。というか、反応できない。

ただし、よほど怪物的にユニーク内面は、この限りではない。興味がある。ところが、俳句で感情・信条を吐露せんとする人たちの内面は、ほぼ例外なく、怪物的でもユニークでもない。「誰もが心当たりのある」「どこにでもある」内面なのだ。

この「内面」には、「感動」や「性欲」といった、作者本人にとっては特別で、ドラマチックな、しかし読者にとってはおなじみの、平凡な、情動の一様相も含まれる。

したこと、食べたもの、行ったところの報告のほうが、まだしも。

これは、もちろんのこと、わたし個人の趣味嗜好というだけ。
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by tenki00 | 2010-01-29 12:00 | haiku

句評

書評家・豊崎由美氏のツイート(御つぶやき)
http://twitter.com/toyozakishatyou/status/8157656137
わたしが唯一嫌いな書評は、対象作品の手柄じゃなくて、自分の手柄を誇るタイプ。対象作品を無理矢理自分の土俵に引きずり込んで、ちっちゃな自分のつまんない主張を強化するためにその作品をいいように利用するタイプの書評です。
「書評」を「句評」に置き換えても、成り立つ。

気をつけなくっちゃざんす。
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by tenki00 | 2010-01-28 09:00 | haiku

誤読

ひとつ前の記事。関悦史さんの句。

皿(さら)が10枚ではなく、6番目は血(ち)であることを指摘いただき、訂正。

いやあ、皿ばかり10個並んでいると信じきって読んでいました。初見で印象が付いてしまったダダ新吉から離れられなかったせいもあるでしょう。反省。

レディメイド(あるいはパロディ)というだけでなく、もう1個、いたずらが仕掛けてあったわけですね。

で、ついでだから、もじり。

  地を歩む鳥鳥鳥鳥鳥烏  てんき
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by tenki00 | 2010-01-26 16:21 | haiku

皿が9枚

昨年暮の『新撰21』の刊行記念パーティで、若い俳人君(この本に入集している人)から、「誰の100句がおもしろいですか?」と訊かれ、スモークサーモンを頬ばりながら「関悦史」と答えたが、どうもその答えが圧倒的に多いらしい(パーティ会場で忙しくリサーチとは、お疲れさま、谷君)。

鴇田智哉は、第一句集『こゑふたつ』を読んでいるし、この数年来のファン。今回の21人に入っていることに、私自身は収まりの悪さを感じる。もう、ここじゃないでしょ? 

高柳克弘も第一句集『未踏』をおもしろく読んでいたから、『新撰21』で100句まとめて読んでみて、という、先の質問の条件から外れる。というわけで、関悦史さんの100句がやはトピック。

  皿皿皿皿皿血皿皿皿皿  関悦史

レディメイド(高橋新吉1911)を、こうもあっけらかんと、という句が導入近くにあって、あとは、バラエティ豊か。ドキュメンタリー句ともいうべき祖母介護の七句あり…

  入歯ビニールに包まれ俺の鞄の中

駄洒落あり…

  口閉じてアントニオ猪木盆梅へ

踏み込んだ諧謔あり。

  核の傘ふれあふ下の裸かな

で、今のところいちばん好きな句は…

  襖一つ崖を落ちゆく時間かな

あたりか。

豊かなイメージ塑造やら言葉のレスリングやらは、きっと「愛嬌」という最高の美徳をもってして「詩」を逃れ、やはり「俳句」としか言いようがない。すんごく俳句だなあ、と。季語がない句も含め、きわめて俳句的だなあ、と。


『新撰21』は邑書林ホームページで購入可能。
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by tenki00 | 2010-01-25 23:11 | haiku

風評の拡散速度

ツイッターは、評判が広がる速度がすごいっぽい。

こんな「御つぶやき」…

http://twitter.com/tatsurot/status/8142408986

…が、数分、数十分で広範囲に広がっていく。

それも、電車やベンチで耳にした評判が。

忘れ去られるのもきっと早く、数時間から数日なのだろうけれど。
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by tenki00 | 2010-01-24 17:56 | pastime

白露

たくさんの歌仙が同時進行。
http://8408.teacup.com/namubow/bbs

「白露」っつう巻に入れてもらってます。
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by tenki00 | 2010-01-23 14:41 | kasen

mush up



吉幾三は偉大な原典なんですね、いまや。
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by tenki00 | 2010-01-22 17:39 | pastime

季語が動きますねえ(したり顔)

「季語が動く」と言う人がいる。ある句について、他の季語でも成り立ってしまう、だからダメ、ということ。

言っていること、言いたいことはわかる。

句会なんかで、この手の感想というか指摘が、本人の参考になるときもあるだろう。

でもね、あまり気にとめない。

理由? ひとつには、季語が動かない句は、きわめて稀だ。だから動いていい、と言いたいわけではない。「季語が動く」と指摘する人が「動かない」と思っている句のなかにも、動かそうと思えば、いくらでも動く句がある。動くからダメと言い出したらキリがなくなる。

きっと、どんどん動いていっちゃう句がダメで、比較的動かない句はオーケーといった捉え方なのだろうが、指針としてはずいぶん頼りない。

もうひとつは、このほうが理由として大きいのだが、動くも動かないも、作者が、そう詠んだのだから、それをそれとして読むべきなんじゃないの、というもの。

例えば「この取り合わせはないよなあ」とか「もっと良い季語がありそうだ」とか思う句はあるが、「季語が動く」と言ったりはしないようにしている(俳句的クリシェのパロディ、冗談で言うことはあっても)。「だって、その人が〔それ〕というんだから〔それ〕なんだろう」と。

ま、この「季語が動く」という決まり文句には背景がある。12音つくって、最後にポンと季語を載っける、いわゆる「十ニ音技法」(なつかしいですね)。その手の作句手順があまりにも多いので、そこのところを「季語が動く」と諭すのでしょう。でも、あまり言い過ぎるのも、ね。とりあえず、そう言っときゃあいい、てな慣習も退屈なわけで。
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by tenki00 | 2010-01-20 19:00 | haiku

正義の味方?

↓↓↓わかりやすく整理されています。
“検察が逮捕したい人”一覧:Chikirinの日記
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100118

検察の人は、私利私欲で動いでいるのではないのでしょう。「世の中をよくしよう」と思って、(多くが指摘するように)「恣意的に」、狙いを定める(国策捜査)。正義のために、仕事を遂行する、ってことで。

でも、「世の中がこうあるべき」と誰かが考えた世の中像の実現のために、力が直接行使されるというのは、やはり怖い。

迂遠でも、非効率でも、方向違いでも、「みんな」の思うところがぐちゃぐちゃと統合されつつ、よたよたしながら、「あるべき世の中」が模索されるというのが、いわゆる近代的(民主主義とはあえて言いません)な手順。

たいていの人は「狙われる人」にはなり得ないのだろうから、他人事のままなのですが、わりあい大事なところです。反オザワ・親オザワとか、そういう問題ではなく。
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by tenki00 | 2010-01-19 18:00 | etc