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実験開始

デイリー版・週刊俳句
あ か る い 俳 句 http://hw02.blogspot.com/

7月1日から1か月間、限定試行運用。
「週刊俳句」はこれまでどおり毎週日曜日更新。

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「明るい農村」みたいなネーミング。

Wikipediaによれば…
明るい農村(あかるいのうそん)は、1958年に『のびゆく農村』という表題でスタートし、その後1963年にこのタイトルに変更、1985年3月31日まで放送されたNHK総合テレビの農業向け情報番組である。後期は夕方に再放送があった。番組ではその時代背景を絡ませつつ、近代農業に必要なテーマ・試みを全国各地に取材・提案していった。月曜から金曜までは明るい農村で、土曜日だけ『明るい漁村』であった。

「明るい漁村」は初耳。

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自動更新機能を使用。ナマ放送じゃないこともある、ということで。

1か月間の実験的試行運用で、どんな方向に行くのか?
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by tenki00 | 2008-06-30 01:39 | haiku

「サバービアの風景」その後

『週刊俳句』第60号・第61号に掲載の「サバービアの風景」について、秀彦さんが記事にしてくださった。
無門日記「週刊俳句 サバービアということなど」

この鼎談記事について秀彦さんは批判的・否定的。それはそれで当事者(鼎談のメンバー)として受け止めさせていただいたが、そこで提示されたいくつもの疑義・疑問について、私のほうで、逆に疑問が生じたところがあるので、記しておこうと思う。あくまで個別的な部分への応答だ。反論や補足、あるいはこちらからの疑問ということになるが、なるべく言い訳にならないようにしたい。

また、以下のことは、当然ながら私個人が考えたことで、猿丸さんや信治さんは、また別のお考えをお持ちだろう。鼎談のあいだも、われわれ3人には、随所で見解のズレがあった。それは明確にではないが、あの鼎談記事にも現れている。

このサバービア俳句という概念・アイデアは、私にとってはかなり微妙で複雑。命名者・言い出しっぺの猿丸さんが、何を考えているかが、まず問題で、鼎談の眼目もそこにあった。私としては、ああ、なるほどと了解できた部分もあるし、そうでない部分もある。鼎談を猿丸さんオリジナルの見解へと収斂させればよかったのかもしれないが、当日は、技術的な問題(話題の流れをコントロールできなかった)やら、人情的な問題(だって、いろいろ方向に話が行くほうがおもしろいんだもの)やらもあって。

そこで、秀彦さんの記事。前から順に(もう一度言うが個別的に扱う)

1)昭和俳句、平成俳句という括り

「昭和」「平成」という俳句のくくり方が、ぼくにはどうしても納得できなかった。ぼくには昭和俳句とか平成俳句というものが存在しているとは思えない。
(秀彦さん・以下同)

猿丸さん・信治さん・私が、「平成俳句」という語を、平成期に生まれた俳句全般といった意味に用いていないこと、また「平成俳句」というカテゴリーを無条件の前提として話を始めているわけでないことは、読んでいただければわかると思う。

猿丸さんは、岸本尚毅、小澤實、田中裕明といった作家の登場を挙げ、また平井照敏の見解も引いた。「平成俳句」についての必要(最低限かもしれないが)な説明は提示できている。

参考:
ことばによる、ことばの俳句・榮猿丸

一方、「昭和俳句」は、鼎談の流れでは「平成俳句」のカウンター的な捉え方になるが、もちろんのこと「昭和に書かれた俳句」という一般的な意味で用いているのではない。どこかに既存の「昭和俳句」概念に引っ張られている部分はあり、その引っ張られ方、つまり「昭和俳句」についての理解が三者三様になっている点はあるだろう。それが鼎談記事の大きな傷かもしれないが、かといって「昭和俳句」とは何かを三者できっちり詰めるという作業は大変である。ズレを感じながら話を進めることができるはずだ。

秀彦さんは「俳句のくくり方が、ぼくにはどうしても納得できなかった」とおっしゃっている。納得するか否かは個人の見解で、それでよい。しかし、「ぼくには昭和俳句とか平成俳句というものが存在しているとは思えない。」という言い方は、私にとって不思議。

サバービア俳句についての諸々は、「これこれこういうものを平成俳句と捉える(ここを仮定と呼んでさしつかえない)。とすると、これこれこういうことが言えますよね」というのが、今回の話なのだ。繰り返すが、所与の概念・範疇として、話が始まっているのではない。

私のなかには「平成俳句」と捉え方はなかった。だが猿丸さんの前掲論考によって、また対談(猿丸さん・信治さん)や今回の鼎談によって、その把握をひとまず了解した。

平成俳句は、実体ではなく把握(概念)だから、それが存在すると思うか思わないかという話ではない。話者の提起/仮定に、ひとまず乗るしかない。「平成」という言い方が嫌なら「アフター1990俳句」でもいいのだ。


2)表面

この「表面主義」というのは天気氏の命名らしい。
天気氏曰く《俳句史の流れなど、まったく知らずに私が勝手に名づけたわけですが、どこかに接点があることに最近になって気づきました。》
さて、そこで気になることが二点ある。
ここでいう「俳句史の流れ」とはどの時代からの流れを言うのであろうか。


秀彦さんの「気になる」点については、これまでとちょっと毛色の違う反応になってしまう。

そんなご無体な!

私が知らない(知識がない)といっている「俳句史の流れ」について、「どの時代からの流れなのか?」という疑義は、喩えるなら、「クルマの知識はないんだけれど」と言う人に向かって、「おまえが知らないと言っているのは、エンジンのことなのか、環境規制のことなのか、それとも近年の業界再編のことなのか、いったいどれを知らないと言っているのだ?」と問いつめるようなものではないですか。譬えがヘン?

「まったく知らずに」はやや誇張だが、さしたる知識の背景もなく「表面主義」と名づけたことは確か。

そして「接点がある」とは具体的に何なのか。
大事なことを述べているはずなのだが、そこが見えてこない。


接点が、それほどまでに見えないとは思わなかった。

内面(精神/形而上=メタフィジカル:昭和的)
 ではなく
表面(モノ/形而=フィジカル:平成的)

おおざっぱな(あくまで私個人の)把握では、この対照が、鼎談を貫いている(繰り返すが、私個人の理解)。話すうちに自分が戯れで名づけた「表面主義」が、サバービアという話題(昭和的俳句から平成的俳句への変化)に大いに繋がると思った。

だから、「接点」が見えないと言われると、この鼎談全体が届いていないと落胆するしかない。届かない・伝わらないことに、もし責任の所在を求めるなら、もちろん、私や私たちにあるのだが。


3)象徴

句の鑑賞姿勢の例として《飛行船であろうとバナナであろうと、長いものが出てくれば、なんでもかんでもファリック(陰茎)シンボルに解釈してしまうような読み方》を天気氏は挙げているが、そんな子どもじみて論外なまでに類型的な読みを俳句の象徴性の問題とするのは強引にすぎるだろう。

「子どもじみて論外なまでに類型的な読み」。これは現実に存在するから挙げているわけで、挙げるなら典型例がいいので、「子どもじみた類型」を選んでいる。象徴論の「なれの果て」として、こうした類型を例示することに、私自身、問題とは感じない。「象徴論的読み」の「豊かさ」を論じるなら、戦術的にまちがっているが、おわかりのとおり、俳句に象徴論を持ち込むことを良しをしない考えなのだ。


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個別的・具体的な部分で、気になったところについて、反論・補足させていただいた。ただ、こうした箇所が解決したとしても、課題はいろいろ残るだろう。例えば「モノ」というテーマ。

ただ、「モノに託す」という一文についても、猿丸さんと私で食い違うことは、当該箇所(前篇の中盤あたり)で明らかだ。

「モノに託す」という言い方にこそ、私は、昭和の香りを感じている。ざっくりいえば、モノを句の素材として詠み込みながら、気持ちを伝える。モノは手段(乗り物)で、目的(載せる荷)は「気持ち:精神/形而上」ということだと私は解している。

猿丸さんの場合、モノにとどまる、モノの先(内奥etc)に行かない、という意味で「モノに託す」。意味が違ってきていると言っている。

これは、経路が違うだけで到達地点は同じなのか、違うのか。その確認は、私にとってこの先の作業となる。

まあ、そんなところで。



最後に、私が表面(モノ/形而=フィジカル:平成的)と思う句をひとつ。一例として。

  鳥の巣に鳥が入つてゆくところ  波多野爽波

『鋪道の花』 所収。昭和31年wの句集です。
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by tenki00 | 2008-06-28 12:14 | haiku

俳句漫遊記154 紫陽花

食べてはいけないのですね。いくら季節モノでも。

アジサイの葉を食べ食中毒
http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000000806220006
アジサイの葉やつぼみ、根には青酸配糖体と呼ばれる有毒成分が含まれる。かんだり胃の消化酵素と反応すると、吐き気やめまい、けいれんなどを起こし、死に至ることもあるという。


紫陽花や家居の腕に腕時計   波多野爽波

『湯呑』より
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by tenki00 | 2008-06-24 12:42 | haiku-manyuuki

6月のくにたち句会のお知らせ

6月29日(日) 14:00 JR国立駅南口集合
句会場所:キャットフィッシュ:いつもの関さんの店 (予定)

悪魔のように句を捻り、悪魔のように飲み且つ食う(お約束のキャッチ)「くにたち句会」

メール等の案内はしません。ここをご覧になった方、どうぞ。

はじめての方、久しぶりの方、ご常連さん、
御参加の場合、一報いただければ幸甚。
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by tenki00 | 2008-06-22 22:13 | haiku

砲丸職人

辻谷政久っつう爺さん。

音声(前半部分)
http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/files/st20080613.mp3

埼玉の世界一砲丸作り職人 「北京五輪提供しない」:2008/3/25
http://www.j-cast.com/2008/03/25018226.html

鉄萌えにも垂涎の写真満載↓
http://www.gijyutu.com/ooki/tanken/tanken2002/tsujitani/tsujitani.htm
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by tenki00 | 2008-06-19 22:28 | pastime

少量危険物貯蔵取扱所

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東京都荒川区西日暮里
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by tenki00 | 2008-06-18 22:59 | sampo

世の中の動き

…も、たまには見ておかないと。


阪神が三浦獲りへ!今オフFAの目玉や
阪神が、今オフのFA市場をにらみ“ハマの番長”こと横浜・三浦の獲得を視野に、水面下での調査に乗り出す。

http://www.daily.co.jp/tigers/2008/06/17/0001145641.shtml


水面下、ってw

記事になっている時点で「水面下」じゃない。




六月下旬、姫路城下に露店が並び、ゆかた姿の市民が夕涼みを楽しむ「姫路ゆかたまつり」。江戸時代からの風情ある年中行事が、暴走族の騒乱で有名になって久しい。(…)一九九〇年代後半から激化した騒乱は二〇〇〇年にピークを迎えた。露店が閉まった後の深夜、暴走族が姫路駅前に結集。騒ぎをあおる「期待族」も加わり、約二千人が機動隊と衝突した。火炎瓶が飛び交い、二十八人が逮捕された。
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001145722.shtml

姫路、熱い。




五輪でも感動呼ぶ? 北京地下鉄の人間的な自動改札機
(…)北京地下鉄公司がこういったトラブル回避のため16日までの1週間で動員した職員、ボランティア数は延べ4万人という。彼らは大量の小銭を準備して自動改札口や自動券売機のとなりに椅子を並べて待機。客がくると立ち上がって金を受け取ると丁寧にしわを伸ばし券売機に挿入し、パネルボタンを押してくれる。使えないお札は小銭に換えてくれる。

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0617&f=column_0617_002.shtml


自動化しなきゃよかったのに。



親の苦情で白雪姫25人の学芸会
http://www.j-cast.com/2008/06/10021573.html

陰惨の一語。
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by tenki00 | 2008-06-18 01:27 | pastime

ワーキングプア

巨人あぁワーキングプア…またまた貯金失敗、借金生活:2008年6月13日06時04分
http://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20080612-OHT1T00250.htm

ワーキングプア層をおちょくっているとしか思えない見出し。

スポーツ報知、いい根性。

野球ファンに占める貧困層のシェアは高いはずなのだけれど。
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by tenki00 | 2008-06-17 01:48 | pastime

オランダ

ロッベンは、オーフェルマルスをトルク増量した感じ。

ファン・ニステルローイが、ダエイ(イラン)のような「親方的」貫禄をまといはじめていることにも注目。

そして、なによりも、カツラをかなぐり捨てた(ふっきれた)ファン・バステン監督に、好感。

あっ、ユーロ2008の話です。
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by tenki00 | 2008-06-15 10:20 | pastime

アパートな散歩

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東京都葛飾区堀切
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by tenki00 | 2008-06-12 22:15 | sampo