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便乗企画 俳句に似ているもの

http://uedas.blog38.fc2.com/blog-entry-109.html
↑に便乗

俳句に似ているもの。

踊る和服着付けショウ(*)。


(*)見たことはないんだけれど、回文俳句blog「死んだら談志」よりhttp://blog.goo.ne.jp/gororin_1956/e/95b9c744a84102067bc643442857c104
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by tenki00 | 2007-02-28 02:52 | haiku

その手前に形づくられる読むことのたわむれ~表面主義俳句宣言・断章02

どんなタブローも、たとえ一個のリンゴ、現実の一断片を描いても、つねに全体性(作品)を自負し、また自負しえた。しかし、たとえば一枚の写真はつねに断片であり、パッセージでしかないだろう。いいかえれば、それは《引用》なのだ。しかし、一枚の写真が《語る》ことができるのはまさしくこの事実によってなのだ。いいかえれば、その背後にあるなにものかによってではなく、その手前に形づくられる読むことのたわむれ、あるいは《見る》ことの厚みによってである。宮川淳「《想像の美術館》の余白に」(『紙片と眼差とのあいだに』小沢書店1974所収)

写真を俳句に置き換える。

もちろんのこと、俳句を写真とのアナロジーで語る言説はすでに多い。だが、語りようが違えば、アナロジーによって明らかになるものも違ってくるはず。

私の叙述へとパラフレーズすることは、いまはまだせずに、引用を放置するざんす。
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by tenki00 | 2007-02-27 00:52 | haiku

あらゆる深さをはぐらかす~表面主義俳句宣言・断章

だが、表面とはなにか。それは存在のあらゆるカテゴリーをのがれるなにものかではないだろうか。表面は存在論の文脈から脱けおちる。それは、表面が、ほとんど定義によって、存在論の対象となりえないからだ。表面は厚みをもたず、どんな背後にも送りとどけず(なぜならその背後もまた表面)、あらゆる深さをはぐらかす--そのとき、ひとは軽蔑をこめて表面的と形容するだろう。宮川淳「ジル・ドゥルーズの余白に」(『紙片と眼差とのあいだに』小沢書店1974所収)


ねえ。そろそろ、心とか気持ちとか、モノの本質とか、そういうこと、やめにしませんか? うっとうしいので。

そのとき、ひとは軽蔑をこめて「表面的俳句」と形容するだろう。

そんな句がよろしいです。もちろん実現は、なかなかに困難ですが。


過去記事
http://sky.ap.teacup.com/tenki/112.html
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by tenki00 | 2007-02-26 01:28 | haiku

胃のない猿

『MANO』第12号で、中村冨二(1912-1980)という人の句を読んだ(「樋口由紀子「中村冨二の川柳」)。

赤いピッコロを買ってやる 肥った妻に
セロファンを買いに出掛ける蝶夫婦
マンボ五番「ヤア」とこどもら私を越える
犬交り大野九郎兵衛昨日死せり
ギニョール ギクンと生れ ガクンと生れ
サーテ、諸君 胃のない猿に雪が降るよ
墓地で見た街は見事な嘘だった
(以上、樋口氏の記事より)


おもしろい。

川柳の世界では知らぬ人のないくらい有名な人らしいが、私は名前も句もはじめて。

ネットでも読める↓
http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/maboroshi/tomiji/tomiji_01.html
たくさん読むと、樋口氏の抄出の見事さがわかる。
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by tenki00 | 2007-02-22 22:27 | haiku

俳句朝日・俳句界

俳句朝日の休刊(かわうそ亭より)
http://kawausotei.cocolog-nifty.com/easy/2007/02/post_ea33.html
「俳句的日常」過去記事より
http://tenki00.exblog.jp/4398197/
山口亜希子俳句日記より
http://yaplog.jp/haikunikki/archive/55

「俳句界」の編集長交代(かわうそ亭より)
http://kawausotei.cocolog-nifty.com/easy/2007/02/post_f092.html
http://kawausotei.cocolog-nifty.com/easy/2007/02/post_708a.html
山口亜希子俳句日記より
http://yaplog.jp/haikunikki/archive/39
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by tenki00 | 2007-02-22 08:48 | haiku

妖怪歌仙

月天の連句掲示板で佳境を迎えた「妖怪歌仙」がやたら面白い。
http://8408.teacup.com/namubow/bbs

必見。

観客としてずいぶん楽しませていただいてます。
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by tenki00 | 2007-02-19 23:25 | kasen

敬愚さんの新刊 the 5th season 発売!

d0022722_22583783.jpg敬愚(robin d. gill)さんの新刊 the 5th season が出ました。
http://www.paraverse.org/newbooks.htm

新年の句ばかり集めた「俳諧ミュージアム」。5番目の季節だなんて、洒落ている。

amazonでのご注文はこちら→robin d. gill; the 5th season

追記
前作 Cherry Blossom Epiphany の書評が権威ある俳句サイト Simply Haiku に出ました。
http://www.poetrylives.com/SimplyHaiku/SHv5n1/reviews/Gill.html
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by tenki00 | 2007-02-14 22:57 | haiku

俳句漫遊記112 三宅やよい

d0022722_20312667.jpg早春の駅の明るさ浅田飴  やよい

そう言われてみると早春の駅は、どの季節の駅より明るい気がする。「浅田飴」を舐めながらプラットフォームに立っている人も世の中にひとりくらいは絶対にいる。

時間? やはり朝、でしょう。あさだあめ。という駄洒落じゃないですよ。言っときますけど。

俳句が伝えるのは空気。それ以外のものだと、ちょっと鬱陶しい。この句の空気、じつにいいじゃないですか。


三宅やよい句集『駱駝のあくび』(ふらんす堂2007年1月)より
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by tenki00 | 2007-02-13 20:30 | haiku-manyuuki

冷蔵庫の底のほうから

夜、ひさしぶりポジフィルムの整理。長らくポジで撮っていないし、かなり以前のものが未整理のまま。

写真の知識はまるでなく、腕前もまるっきりのヘタクソ。けれども、一眼レフを持っていて、半オート・半マニュアル(露出を決めればシャッタースピードは機械が決めてくれる。焦点はマニュアル)。しかも(プロみたいに)ポジフィルムで撮ることが多い。なぜかというと、ルーペで覗くときれいだから。プリントすることもほとんどない。撮ったフィルムを現像してもらい、それを自分で見るだけ。しかし、これが楽しいんだから、しかたがない。

で、そのポジフィルムの整理で、夜の平和なひとときを過ごしたというわけだが、遅い夕食のあと、ふと見ると台所にフジフィルムのvelvia(とっくに生産停止の初代velvia)が5本置いてある。冷蔵庫の野菜ケースに入れていた5 本で、yuki氏が「邪魔だー」と撤退させたらしい。保管していたことも忘れていたので、えらく嬉しい。yuki氏には黙って、こっそり、野菜ケースの底のあたりに戻しておいた。

d0022722_05351.jpg


今夜のBGM
Blossom Dearie; Whisper For You
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by tenki00 | 2007-02-10 00:05 | pastime

俳句漫遊記111 長谷川裕

ふんどしのような短歌で春終わる  裕

「ふんどしのような短歌」って、どんな短歌なんだろう? 

短歌というものをほとんど読まない。しかも、読むセンスがないようなのだ。

評価されているらしい、あるいは注目されているらしい短歌を断片的に読むことがあるが、「え? これ、能書きでしょ?」とか「標語だな」としか思わなかったり。そうでなければ、「おお! 現代詩~!」とか。もっと多いのは、他人の日記をむりやり読まされているような徒労感。きっと、まだ「短歌の読者」になれていないのだろう。

「短歌」を詠んだ掲句があるように、「俳句」を詠んだ短歌もあるのだろうか?

『月天』第9号(06-12-2)所収。
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by tenki00 | 2007-02-07 23:56 | haiku-manyuuki