<   2005年 08月 ( 34 )   > この月の画像一覧

句集というものも、なんだなあ、これがまた

あめを:よお!
てんき:おっ、また来たな、暇人。
あめを:暇人はないだろう、貧農。
てんき:ほっとけ、って言いそうになったけど、農民じゃないし。
あめを:そうか。ところで、田沼さんの句集、もうすぐ出るよな?
てんき:ああ。いま折り屋さんで製本、函屋さんで製函中。無事を祈るばかり。心臓に悪い。
あめを:ミスがあったら、という話か。
てんき:うん。普通の仕事は依頼主は1社。今度のは寄付だから百数十人のクライアントの顔が目の前でちらちらする。
あめを:めまといのようにか。それもえらく年季の入った百数十匹のめまといか。
てんき:神経がまいりそう。
あめを:あはは。粗相があったら怖いな。
てんき:怖い、怖い。
あめを:今から心配してもしかたがないぞ。
てんき:まあな。
あめを:句集というのはふだん読むか。
てんき:読むほうだろうな。麦の会にいると、よく贈呈が来る。それはぜんぶ、わりあいじっくり読む。
あめを:句集を出したら、知り合いや同じ結社の人間に送る。俳句の世界の慣習か。
てんき:それがちょっと面白くてね。贈呈が届く頻度が徐々に高くなる。昔から「麦の会」の会員だったわけだけど、あんまり来なかった気がする。
あめを:下っ端には送らないということだ。年数が経つと、頻度が上がってくる。
てんき:その意味では、池禎章さんの『卒寿』は、ずいぶん前だったけど、「よくぞ送ってくださいました」という感じ。送ってもらわなければ、出会わなかった句集だからなあ。
あめを:キミにまで届いたということは、全員に送ったということだ。
てんき:そうだろうな。
あめを:『チャーリーさん』はどうした? 麦の会員には全員送ったか?
てんき:いや。そんなにたくさん刷ってないし、出来上がってからも、送っていいものか悪いものか、さんざん悩んで、そのまま寝かしてた。
あめを:なんで?
てんき:麦の会員はほとんど大先輩なわけ。なかには怒り心頭で、脳卒中。
あめを:そこまで心配したか。老人に優しいな。気持ちはわかる気がする。「おすぎからピーコへ花粉注意報」なんて句は、読んだとたんに唾はいて捨てる俳人はいるだろう。
てんき:真面目な人たちという頭があるわけ。特に「麦の会」の先輩俳人に関しては。
あめを:ふうん。でも、勇気を出して送った。
てんき:数名には、冗談でなく、投函の瞬間、手が震えたなあ。よく憶えている。国立駅前のポストだった。
あめを:で、反応はどうだった?
てんき:叱られもせず、皆さん、温かい御言葉ばかり。まあ、怒った人、つまらないと思った人はそれを伝えてくるはずがないから、こっちに届くのは必然的に温かい御言葉ばかりにはなるんだけどね。しかし、予想に反して、大ベテランほど反応がよかった。これはちょっとびっくりした。
あめを:なぜなのかね?
てんき:大ベテランからいただいた手紙を読んでいるうちに、ひとつ思ったことは、「句集」というものに対する姿勢とか考え方ということだ。
あめを:どういうこと?
てんき:句集というのは、ある意味、大変なものなんだ、俳人にとって。重いものでもある。
あめを:わかるわかる、集大成という感じ。
てんき:いただく句集の多くは「俳句を何十年も続けた末の第一句集」なんだ。だから、終戦直後の頃の句から近作までが入っていたりする。へえー!という驚きだ。「ボクが生まれる前から今年まで! そこから選んだ数百句!」という感じで、読者であるこっちも、その意味の感慨がある。
あめを:そりゃ大変だ。重いな。
てんき:費用だって、そうだ。軽自動車1台買えるくらいの費用がかかる場合も多い。
あめを:うん、気安く出せるもんじゃないな、句集というのは。
てんき:それを気安く出しちゃった。
あめを:ああ、『チャーリーさん』は気安いなあ。あらゆる意味で気安い。あくびしながら鼻くそほじくっている感じの句集だからなあ。
てんき:いやあ、そう言われると照れる。
あめを:その反応おかしいけど?
てんき:それにだ、結社によっては、主宰や先輩の目もある。
あめを:第一句集は、主宰の選。跋文も書いてもらって、ン十万の謝礼という結社も多いらしい。
てんき:謝礼はともかくとしても、主宰の許しなく句集を出すなんて、とんでもないというところもある。それで結社をやめた、というか追い出されたという人もいたなあ。
あめを:『チャーリーさん』はその意味でも、気安い。
てんき:うん。気安い。本人はそれなりに悩んだり考えたりしたんだが、結果は、実に気安く、ばかばかしい。
あめを:あれを見て、苦々しく、というか、「何を考えてるんだ?」的に気を悪くした人もいただろうけど。
てんき:うん。でも、手紙の中には「うらやましい」という言葉が少なからずあった。それを見て思った。皆さん、句集というのは貴重で重いものと信じる一方で、気安さへの憧れがあるんだ。「句集=人生!」という重々しさの一方で、「句集なんて遊び」というスタンスにも大いに興味がある。
あめを:なるほど。昔の人には「句集なんておこがましい」という感覚がある。句集を出せるようになりたい。そう思いながら真摯に俳句を勉強しつづける。でも……。
てんき:そればかりじゃないんだ、きっと。話がまわりくどくなったが、要は「もっと気軽でいんじゃないのかなあ、句集は」と思ったりもするわけ。
あめを:「人生で句集1冊」という感じでなくてもいいというわけだな。
てんき:そこまで厳選してもらわなくても、好きな俳人のものは、充分に面白く読めると思うんだ。
あめを:しかし、費用の問題があるぞ。ほとんどの句集は、安くても100万前後はかかっている。気安く出せる金額じゃないな。
てんき:ううむ。しかし、もっと安くも出せる。ホッチキスで紙を留めただけというわけにはいかなくても、上製本でなくてもいいし、豪華な装幀である必要もない。
あめを:まあ、それはそうだ。自費出版も業者を選べば、あるいは業者を使わなければ、もっと安くはできる。
てんき:うん。しかし、一方で、「生涯、句集を出す気がない」という方も少なからずいらっしゃる。
あめを:考え方はそれぞれだからな。
てんき:でもね、ボクからすると、同じ句座にいて、その人の句に興味があるときは、やっぱり、いつかその人の「句集」を読みたいと思うんだ。
あめを:句会で読んでいるのとは別に?
てんき:うん。句集として読みたい。その人の顔を思い浮かべて、その人の挙措や言葉を思い出しながら、背景もすこしは知っていて、そのうえで句集を読みたい。
あめを:句会で句を読むときのスタンスとは違うわけだ。
てんき:句会は、作者を切り離して読む。でも、句集はそうはならない。句集は「人」が立ち上がってくる。
あめを:句は、作者やその背景などと切り離して味わうというのが、いつも言っていることだろう? なのに、か?
てんき:そう。不思議なことに、「句集」を読むとき、特に、すこしでも知っている人の句集はそうだ。いわゆる作家の句集、本屋で買った句集は、句として読んでいる。「いい感じの句も多いけど、既知感強いなあ」とか「諧謔の句はいいのに、叙情に行くと底割れするなあ」とか。
あめを:えらそうに、な。
てんき:でも、句座で関わりをもった人からいただいた句集は、そうじゃない。どんな「人」が立ち上がってくるか。それが興味深い。
あめを:それは、リアルで作者を知っているからだろう?
てんき:それはもちろんあるが、句集というのは基本的に「挨拶」と思うわけ。というか「私信」かな。だから、句友や先輩に贈る部数だけ刷ればいいんだ。
あめを:「私信」か。一時期、このブログやら近所のブログで論議があった「俳句読者の広がり」というテーマからすると、反動的だ。
てんき:そう。実は、俳句や句集自体、それほど広がりをもつ必要はないと考えている。そういう意味で世間と広く関わることを、面白いとは思わない。
あめを:なるほどな。句座をともにした人間からの私信か。
てんき:うん。だから、「句集を出す気はこれからもずっとない」という言葉を、知り合いの俳人から聞くと、ちょっと寂しい気がする。「そんなこと言わずに、何十年後でもいいから、読ましてよー」という感じ。
あめを:うん、言ってることはすこしわかる気がする。キミは、閉じたとこで俳句をやってるな。あ、悪い意味じゃないよ。
てんき:そう。それは麦の会という所属結社というだけじゃない。月天という集まりだけじゃない。固定的な句座ではなく、ね。
あめを:ふむふむ。句集ひとつでも、いろいろ考えているわけだ。頭悪いなりに。
てんき:ほっとけ。
あめを:ところで、気になってることがある。ボクら、「ボク」「キミ」だよな。オレでもオマエでもなく。
てんき:ああ。それで違和感あるか?
あめを:いや、そんなにはないんだけどね。
てんき:基本的に、夢路いとし・喜味こいしをめざしているから、キミとボクは。
あめを:そうだったのか。あの感じで俳句を語るというわけか。
てんき:そう。精進。精進。
あめを:あの域で俳句を語れるようになるとは思わんが。
てんき:精進、精進。
あめを:では、ともかく田沼文雄句集『即自』。
てんき:話、戻ったなあ。むりやり。
あめを;その無事の刊行を祈って。
てんき:クリッククリックゥ~
あめを:やっぱり、そこに行くわけね。
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by tenki00 | 2005-08-30 01:24 | ameo & tenki

俳句塾っつうようなもんがうじゃうじゃあるわけだ、これが

あめを:よお!
てんき:おっ。仕事場なんぞに何しに来た?
あめを:日曜のこの時間になんで仕事場にいる?
てんき:今夜これからブツが届く。なんでこのタイミングで送って寄越すかなあ。月曜の朝まで作業させる気らしい。
あめを:おお、そりゃ大変だなあ。あはははは。貧者は、そうしていつまでも底辺から這い上がれない。それが世の中の仕組みなわけよ。
てんき:ほっとけ。
あめを:ブツ待ちで、暇か?
てんき:ああ、ちょうどいま作業が終わった。どんな話?
あめを:このところ俳句関係のブログやらサイトを見てるんだが、ティーカップのブログに付いてくる「スポンサード・リンク」が突然気になり始めた。
てんき:ああ、前はティーカップだったから知ってる。
あめを:峠谷さんのブログには、「東京目黒カウンセリングセンター」。
てんき:なるほど。自動的に心配されちゃってるわけか。峠谷さんにしてみれば、ありがた迷惑かも。
あめを:四童さんとこにはなぜか「社員が120%の力で働く」と「メーカー直販 印鑑卸売市場」。
てんき:これだけ見ると、あやしい商売しているブログみたいだ。
あめを:実際には、植木と読書の話がぽつぽつ続く、大正時代の若旦那のようなブログなんだけどね。
てんき:機械のすることはワケがわからんな。
あめを:面白いだろ? で、最近多いのが「ネット俳句添削俳句塾」。これがなかなか笑える。
てんき:どれどれ?
あめを:入塾案内の「こんな方に」というとこ。
てんき:「これから俳句を始めたい」「俳句がなかなか上達しない」
あめを:そこまではいいんだが、3つ目と5つ目。
てんき:「一流の俳句作家になりたい」「ゆくゆくは指導者になりたい」。わはははは。
あめを:欲張って、網広げたもんだ。で、添削料が50句以内・5000円。
てんき:微妙な料金設定。
あめを:出してみたら?
てんき:5000円払って?
あめを:面白くない? 意外に勉強になったりして。
てんき:俳句を「勉強」する気はないなあ。一滴もない。
あめを:そうだろな。
てんき:俳句は「遊ぶ」ものだ。
あめを:わかったわかった。しかしまあ、俳句塾に類するものって膨大にあるみたい。「俳句塾」でgoogle検索かけたら、60,400件。
てんき:ほんとだ。栄誉あるgoogleトップ位置は「寒太のしりとり俳句塾」か。
あめを:この人のお弟子さん、この界隈にも多いんじゃないの?
てんき:多いな。弟子かどうなのか知らないけど。
あめを:ちょっと覗いてみるか。「俳句Q&A掲示板」。主宰が質問に答えてくれるという趣向だ。
てんき:俳句悩み相談室か。悩みは多いな、実際。
あめを:おっ、これ、面白い! <先日、拙句「泡盛に一味加ふ江戸切子」なる句に対して「説明的である」と言われました。私は不納得であります。塾長のご意見を伺いたく存じます。>
てんき:そうとう、お怒りのご様子。
あめを:自分で気に入ってたのに、句会で評価されなかった。納得いかん!というわけだ。
てんき:拙句とおっしゃるわりには…。
あめを:強気でいらっしゃる。
てんき:塾長の回答は、これからか。この回答は読みたいなあ。
あめを:ああ、読みたい。しばらくしてから覗いてみよう。ほかのQを見ると、えらく丁寧に答えている。しかも質問者を傷つけないような言い方だ。いい先生かもな。
てんき:でもね、句を「説明的」と言われて、それで納得できない人は、どう丁寧に教えてもらっても納得はできないんじゃないのかなあ。
あめを:うん。それをどう説得するか。みものだ。その意味でも、回答が読みたい。
てんき:まあ、しかし、ほかにも「俳句塾」は多いな。
あめを:「塾」という語が喚起するものと、俳句をやっている人の心性が、よくフィットするんだろう。そういうネーミングにしたい気は、なんとなく、わかる気はする。
てんき:ちょっと懐旧的で?
あめを:そう。それと、向上心が旺盛なんだろう? 俳人諸君は。
てんき:ふうん。向上心?
あめを:そういうと大袈裟だが、巧くなりたいとか、句を評価されたいとか。
てんき:ふうむ。キミはある?
あめを:ないな。
てんき:自分にはないのに、他人は「ある」と思うわけか。
あめを:あるから、結社とかに入るんじゃないのか?
てんき:そういう面もあるかもしれない。
あめを:それにだ。なかったら、こんなにうじゃうじゃ「俳句塾」があるわけないだろう? キミはどうなんだ?
てんき:ないような。あるような。
あめを:はっきりせん奴っちゃ。
てんき:向上心というと恥ずかしいが、うまい遊び方を見つけたいという気はいつもある。一方で、入門書や作句作法みたいな本をいっさい読んだことがなく、先生みたいな存在もはっきりとはないまま、なんとなく何年も経っちゃった。だから、ないような、あるような。
あめを:麦の会に入ってはいても、田沼前会長は先生でも師匠でもないわけか?
てんき:ちょっと違うなあ。主宰制の結社のことは知らないが、ちょっと違う。俳句を始めてから、今に至るまで、句会で俳句を覚えたというクチだから、先生はたくさんいる。主な先生だけ数えても数人。いろんな先生を数えたら、十数人。
あめを:ふうん。
てんき:しかし、こんな話、なにかの為になるか?
あめを:いや。無為。どうせ暇だろう? それに俳句を遊ぶのも、何かの為になるわけじゃない。
てんき:そりゃそうだ。そうなると、塾で向上心に燃える俳人というのは不思議だな。俳句を巧くなって何か「為」になると思ってるのか?
あめを:「一流の俳句作家」「ゆくゆくは指導者」。か。
てんき:そんなわけなかろう。
あめを:しかしなあ、嫌みで言うわけじゃないが、指導者というのもいろいろだ。ある程度年取って、どっかへに出かけて「講師」をやってる俳人は多いぞ。こんな句つくってて、何を教えるんだ? というケースも含めてな。
てんき:客観的には、陰惨というか、大笑いというか。
あめを:ああ。でも、高齢化で、老人クラブはこれからますます増える。老老介護ならぬ、老老師弟だ。俳句の世界では、これからますます、陰惨な光景が増えていく。
てんき:教えるのが巧い人、教えるのが好きな人もいるからね、あれは性格だ。雀荘にも玉突屋にもいた。
あめを:まあ、動機は人それぞれだけど、ご苦労さんなことだと、ボクなんかは思うけどね。「俳句塾」で教えるほうも教わるほうも。
てんき:なんとなく、暇つぶしで、気ままに。
あめを:そう、それがいいぞ。
てんき:それにしても、ブツが届かん。
あめを:おっ。金本32号2ラン。1回裏。また打ったか。
てんき:YAHOOベースボールじゃなくて、帰ってテレビで観たい。
あめを:だらっとナイター中継。それが日曜の夜の正しい過ごし方だ。
てんき:それさえできずに、仕事場でこうやって、オッサン二人で所在なくしゃべってる。
あめを:まあ、そう悲観するな。テキトーに息してれば、そのうちこの世からおさらばだ。俳句も浮き世の暇つぶし。
てんき:なんだか手抜きの結論だなあ。
あめを:じゃあ、そろそろ例のあれ。
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あめを:また来るわ。
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by tenki00 | 2005-08-28 18:33 | ameo & tenki

夜の蝉

うちの猫(フェル君)が蝉好きであることはすでにご存じと思う。1日に何匹もの蝉を家に引っ張り込み、いっしょに遊ぶ。先日、金沢から帰ったときは、玄関あたりに5、6匹の蝉がお亡くなりになっていた。

フェル君にとっては、蝉がお亡くなりになるまでの友情なのだが、最近は慣れてきて、生かさず殺さずの加減が絶妙になってきた。今夜は、蝉が元気に飛び回り、居間に飛んでくる。そのあとを追ってフェル君が疾駆。

テレビのドラマを見て泣いていた由季氏は、蝉と友情を結べず、ぎゃあーっと叫んで、逃げまどう。泣いたり叫んだり駆けたり、忙しい。

いいから、ズボンくらい履きなさい。

最近、「夜の蝉」という季語の句をいくつか見た。麦の会の例会とか。そのこともまた書こう。夜の蝉についてではなく、麦の俳句の傾向について。
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by tenki00 | 2005-08-27 23:10 | pastime

マラソン完走

あめを:よお!
てんき:おお、来たか。
あめを:喉が渇いた。なにか飲むも……
てんき:わーい!
あめを:ど、ど、ど、ど、どうした? 急に大声だして。
てんき:題詠100句が終わった。題詠マラソン俳句部というサイトで、この3月にスタートして、ようやく終わったわけ。
あめを:ふうん。それは、おめでとう。どうせロクな句はないんだろうが、完走はめでたい。どんな句、つくったか、見せてみ。
てんき:ううむ。まあ、まとめておくか。

001:声   うぐひすの声も定型かと思ふ
002:色   早春の海の色にて方眼紙
003:つぼみ   嘘ばかり申すつぼみのをりにけり
004:淡   淡雪に一等機関士が溶ける
005:サラダ   天文の知識乏しくサラダ食む
006:時   一擲の時報に濡れて桜咲く
007:発見   春障子あくを発見して眩む
008:鞄   プロムナードに樹あり鞄に春の闇
009:眠   就眠の儀礼となさむ目刺焼く
010:線路   春天に線路うづまく見事かな
011:都   春あさくあさく蛍光色の首都
012:メガホン   メガホンで覗く大島桜かな
013:焦   恒星の未来に焦土ほととぎす
014:主義   地は鳥に石はけむりに機能主義
015:友   春愁の友あり遠方より空母
016:たそがれ   たそがれの資材課長の手は菫
017:陸   あたたかし大陸移動説たのし
018:教室   教室に不思議な地形つばめ飛ぶ
019:アラビア   春怒濤アラビア糊の蓋とれば
020:楽   音楽が空あをくするミシン踏む
021:うたた寝   うたた寝は胎児のかたち涅槃西風
022:弓   馬の毛が弓となりたる朧かな
023:うさぎ   新社員うさぎを撃ちし話など
024:チョコレート   春分の口のまはりにチョコレート
025:泳   春宵を泳ぐ烏賊やら民衆やら
026:蜘蛛   春の風邪嬉しや「蜘蛛の糸」を読む
027:液体   液体は気体に春はめんどりに
028:母   三春へ山に雲母のむずむずす
029:ならずもの   ならずもの顔の殿様蛙かな
030:橋   鉄橋を過ぎて余寒のまた鉄橋
031:盗   盗塁王春手袋をしてをりぬ
032:乾電池   朧夜のみだらなものに乾電池
033:魚   春眠に魚群探知の音のせり
034:背中   背中にもさいはてありて春の暮
035:禁   核拡散禁止さいたま市の桜
036:探偵   花の冷え犬が横向く探偵社
037:汗   雀蛤となり汗腺の断面図
038:横浜   横浜の人とえびしやこかにを喰ふ
039:紫   はまぐりは這うて行くとふ紫禁城
040:おとうと   おとうとの財布にいくつかの栄螺 
041:迷   てふてふの空にたぷたぷ迷ひ道
042:官僚   田螺でも美人官僚なら赦す
043:馬   馬糞雲丹すぐに泣いたり怒ったり
044:香   ヴァニラ香のしてさまざまの虫出づる
045:パズル   虻そろりそろりパズルの絵を歩む
046:泥   春泥をこそどろ歩きしてをりぬ
047:大和   虚子の忌の大和證券前に犬
048:袖   花の夜の袖より抜けし腕かな
049:ワイン   春の海ポートワインをぽんと抜く
050:変   エイプリルフールの可変抵抗器
051:泣きぼくろ   花どきのダッチワイフに泣きぼくろ
052:螺旋   春眠にそなはる貝の螺旋かな
053:髪   春昼のあやしきものに理髪店
054:靴下   靴下を干してそのまま三鬼の忌
055:ラーメン   ラーメンに花鳥風月ぶちこみぬ
056:松   火星また近づく松の盆栽へ
057:制服   東京にミシン・制服・つばくらめ
058:剣   剣呑にまがるバナナといふ遅日
059:十字   一閃のつばめ十字のあかりとり
060:影   春寒や影絵でまなぶケマルパシャ
061:じゃがいも   じゃがいもを植ゑて一日一悪事
062:風邪   春の風邪おでこに支那の辞書をのせ
063:鬼   あをむしは鬼を退治にゆくところ
064:科学   手も足も濡れて磯辺の科学かな
065:城   春窮のいまだカフカの「城」なかば

あめを:ここまでが3月中か。このあと、ペースが落ちたな。
てんき:麦の会の収穫祭というイベントがあって、30句の〆切が3月末。新作30句はきつい。そこで、この題詠マラソン俳句部で一気にたくさんつくって、そのなかからいくつか足して30句を揃えた。収穫祭用の「つくりおろし」に題詠マラソンを利用させてもらったわけ。
あめを:なるほど。でも、見たことのある句もある。
てんき:むかしの句を蒸し返して、というのも、いくつか。
あめを:ちょっと手を入れて、というのもあるな。
てんき:(062:風邪)の「春の風邪おでこに支那の辞書をのせ」は「支那」をやめて「父」にして、収穫祭に出した。
あめを:逃げたな。「父」はだめだな。「支那」が面白い。
てんき:そうは思うけど。
あめを:悪しき自主規制。
てんき:あ、それからね、このなかに1句、ひどい剽窃が混じっちゃった。
あめを:剽窃?
てんき:収穫祭には出さなかったし、すぐに気づいたんだが、(051:泣きぼくろ)の「花どきのダッチワイフに泣きぼくろ」という句。書き込んでから、「待てよ」と思って調べてみると、祐天寺大将にそっくり同じ句があった。「花冷えやだっちわいふの泣き黒子」。99年3月29日のオクンチ句会。もちろんすぐに祐天寺大将に告げた。
あめを:知らずに出てきちゃったわけか。
てんき:うん。頭のどこかに残ってたんだなあ。恐い。
あめを:恐いな。
てんき:知らずに他にもやってるんじゃないかと思うと、恐いなあ。
あめを:ま。気をつけてネ。で、4月はこれか。

066:消   消火栓春の土より生えてゐし
067:スーツ   生まれつきスーツの好きな天道虫
068:四   くるぶしが四つ桜の夜となりぬ
069:花束   春すぎてゆく花束に紙の音
070:曲   春の雨ふりふるふれば曲馬団
071:次元   四次元へ一歩ふみこむ春日傘
072:インク   春陰はインクのにほひ愛の本

あめを:ここまでは春で、次あたりから夏。
てんき:あっ、飲み物だったね。
あめを:水でいい。水。

073:額   D坂で倒れるをとこ額の花
074:麻酔   麻酔科のうちのひとりは雨蛙
075:続   続・猿の惑星にふと滝の音
076:リズム   そしてハナ肇のリズム大南風
077:櫛   ででむしとなりて櫛風沐雨かな
078:携帯   蓮ひらく携帯ラジオからロック
079:ぬいぐるみ   たましひの音色がさごそぬいぐるみ
080:書   さわさわと書院造りの守宮かな
081:洗濯   うたた寝の果てに泡立つ洗濯機
082:罠   家ぢゅうにいろいろな罠熱帯夜
083:キャベツ   罰として永遠にキャベツ刻む
084:林   みつまめの関節ゆるき談林派
085:胸騒ぎ   空気ふるはせががんぼの胸騒ぎ
086:占   卜占の時間となりぬ亀のそのそ
087:計画   百合蝶に計画的なキャッシング
088:食   世界中かんかん照りや石を食う
089:巻   戦争反対ついでにカッパ巻追加
090:薔薇   宇宙から来たといふひと花器の薔薇
091:暖   リモコンの暖・冷・除湿あまりりす
092:届   ひまわりの描かれし離婚届けかな
093:ナイフ   ペティナイフほどの明るさ九月くる
094:進   小鳥くる進学校の日曜日
095:翼   尾翼ただ聳ゆる秋となりにけり
096:留守   白桃の息をひそめし居留守かな
097:静   星の夜に鍵さすときの静電気
098:未来   飼ふならば鸚哥未来はうるはしく
099:動   らんちうの鰓のみ動く秋の暮
100:マラソン   マラソンランナー千年藤を過ぎゆけり

てんき:以上100句。
あめを:せっかくだから、1句、好き句を選んでしんぜよう。
てんき:おお、ありがたい。
あめを:ふうむ、じゃ、これ。(042:官僚)「田螺でも美人官僚なら赦す」。
てんき:なるほど。それは収穫祭に出さなかった。
あめを:出せばよかったのに。
てんき:永遠にどこにも出さないかも。キミにあげよう!
あめを:いらん、いらん。
てんき:そうか。ともかく終わった。なんか、ほっとしたぞ。
あめを:では、完走を祝して。
てんき:ひさびさに。クリッククリックゥ~
あめを:ごくろうさん! 
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by tenki00 | 2005-08-27 18:18 | tenki-ku

金沢 その3 加賀国

金沢にはそんなにたくさん行っているわけではないが、yuki氏と私には、お決まりの行動がいくつかある。近江町市場を歩き、気が向いたら魚を注文する。店は忠村水産と決まっている。理由は「モノがいい」と聞いているから。別の店で、という気は二人とも起こらない。

近江町市場近くの順風堂で九谷焼を買う。二人とも九谷焼がお気に入りだが、ごてっとしたものは好まない。この店には、ごてっとしていないお好みの柄が多く、手頃な値段のものも多い。今回は茶碗を買った。

その近くの味噌屋・中六商店で味噌を買う。味噌は、金沢のここ、角館の安藤醸造元、信州味噌は山吹味噌などを好いている。こう言うと、グルメ(大笑)みたいだが、そんなことは全然ない。でも、そこらのスーパーで味噌を買ったりしない。yuki氏のえらいところだ。

和菓子の森八にも行くことがあるが、自分たちが食べるのに買うことはほとんどない。ここは歳暮・中元にたまに使う。だから寄るという程度。シノギの関係で出版社にも贈ることがあるが、私はノータッチで、それもyuki氏の担当である。「そういうとこは、いろんなところからいろんなものを贈ってくるはずだから、めったなものはできない」とyuki氏は言い、年に二度、品物を選ぶ。森八はそういう基準に耐えるブランドらしい。酔っぱらってるだけではない。意外にきちんとしている。yuki氏のえらいところだ。

こんなふうに、金沢への旅は決めごとで組み立てられた部分の多い旅なのだが、今回、足を伸ばす場所に新味を出した。二日目、墓参を終えてからの午後、義父らと別になり、二人でどこに行こうかという話になって、能登は何度か行ったし、もういい、で、加賀市に行くことにした。以前に、歌仙をご一緒したおるかさんがお住まいの町と知っていたので、加賀市という名前が浮かんだのだと思う。

北陸自動車道を走ると、すぐに加賀市に着いた。途中、美川町というところがあって、道の脇に「美川 県一の町」と描いた巨大な看板が立っている。ダジャレ? だいじょうぶか、美川町。

行ってみてわかったのだが、加賀市というのは合併後の新しい地名のようだ。加賀という駅があるのだと思っていたが、なくて、大聖寺が古くからの地名らしい。駅前にクルマを停めて、渋い駅舎に入り、観光局発行のパンフを入手。ふむふむと眺め、九谷焼美術館というものがあるとわかり、出かける。綺麗な建物だ。田舎の公共施設にありがちなゴテゴテ感、トンデモデザインとは遠い。趣味のいい建造物。展示物はあっけないほど少ないが、全部観ても疲れないから良い。喫茶室のあるスペースには現代作家の焼き物が飾ってある。おるかさんのものを見つけた。おお!という感じ。理由もなく、なんだか嬉しい。yuki氏に、「これ、俳句の知り合い」と告げると、「へえー」と答えて、ケータイでパシャリ。旅のスーヴェニール。か。

美術館を出ると、道を隔てた向かいに「おしゃれショップ」という看板。ただの洋品店とわかっていても、二人とも、そのネーミングを目の前にすると、心を捉えられ、入らないわけにはいかなくなった。果たして、ただの洋品店で、オトボケアイテムがあるわけでもなく、ツッコミようがない。ううむ、二人して、困った。

下道をすこし走り、それから北陸自動車道を金沢へ。下道を走っているあいだ、美しい稲田が目に入った。稲田は、どこで見ても美しい。むかし、コメの自由化について世の中、侃侃諤諤やっていた頃(タイ米がどうのこうのと騒いだ頃だ)、井上ひさしが、コメ自由化は、稲田の風景を失うことに繋がると書いていたことを思い出す。ブンガク的にまわりくどい反対表明だが、実感として首肯。稲田の風景は、ほんとうに美しい。

3日目、金沢にもう一泊する義父と義母を残して、帰りは、行きとは違う経路で、北陸自動車道へ。急に雨が土砂降ったり、やんだり。これが北陸の天候なのだろうか。こういうシメで終わる旅も良いと思った。
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by tenki00 | 2005-08-26 01:27 | pastime

クリント・イーストウッドの『ピアノ・ブルース』

クリント・イーストウッド監督の『ピアノ・ブルース』をDVDで観る。篠っち@月島の持ち物を、山本星人が借りて、それがだいぶ前にウチに来て、ようやっと時間がとれて、それで、観たのだ。篠さん、もうすぐ返しますです。御容赦。

で、だ。どうだったかというと、★をいくつつけても足りないくらい! 最高だ。

むかしのブルース・ピアニストがわんさか出てくる。イーストウッドが聞き手になる場面もあれば、昔のフィルムが流れたりもする。ニューオリンズ、シカゴなど、ローカル別の構成になっている。個々を言えば、プロフェッサー・ロングヘアーがやはり格別、唯一無二、至高であるとか、デイブ・ブルーベックという「もうとっくに終わっている」と思っていた爺さんが、しゃべるのも覚束ないほどの爺さんなのに、ピアノを弾くや凄い音を奏でたり、レイ・チャールズ(黙祷!)にはやはり「最高」という言葉しかなかったり、そのほかにも、たくさんの爺さんが、めちゃくちゃに渋い、おもろい、凄い、ソーバッド!

ひとつ観ているうちに思ったことは、ピアノはちょっと特別なものだなということ。この映画に出てくるピアニストは、ピアノを弾いているあいだ、みな「王様」である。世界の王様だ。これはほかの楽器、また歌手にもあり得ない。ジミ・ヘンドリクスは神々しいが、王様ではない。エルヴィス・オン・ステージのエルヴィスはスターだが、王様ではない。

うう、もう一度いわしてもらうが、最高だった。篠っちと山本星人に多謝。爺さんらに多謝。ピアノという存在に多謝。
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by tenki00 | 2005-08-25 00:01 | pastime

劇場ですね

太田光(爆笑問題)がいまラジオで「今回の件は郵政民営化について自民党内で是非を一本化できなかっただけの話。是非を選挙で判定してくれというのは絶対におかしい」と、めちゃくちゃ怒っている。それは言える。けれど、すり替えはたくさんある。混同もたくさんある。というか、笑いにしろよ。お笑い芸人だろうが。

マスコミが「劇場型」と呼ぶ、小泉首相主導のこのところの展開はものすごいことになってきた。大新聞、スポーツ紙、テレビ、熱心に追いかける気も時間も私にはないが、すこしはウォッチしておきたい。

すこしまえ、ホリエモン君が広島6区出馬なら興味津々と書いたが、戦術上は、感心しない。工藤静香氏、もとい亀井静香氏の下品に、ホリエモン君の下品をぶつけたのは、戦術上のミスと見る。私の興味でいえば、静香氏vsカリスマ主婦、岐阜1区の聖子氏vsホリエモン君というマッチアップが好ましかった。

ところで、今回、解散以来、小泉首相の支持率が上昇しているとのことだが、静香氏の露出が高まるほどに、支持率は上昇する。当たり前の法則である。静香氏の泥臭さ(あるいは下品)は、「郵政民営化」という5つの漢字が読めない人にさえ伝わる。もちろんそれがプラスに働く(好感される)時と場所もあるが、いま2005年時点では「否」。全体としてネガティブに働くと見る。判官贔屓も作動しにくい。

周囲の人たちの人相も、採決棄権で自民党公認を受けた「反対派」も含めて、ことごとく悪い。悪代官顔、悪徳商人顔、小物悪人顔が揃いすぎている。そこに「スケベなバカ殿」顔の長野県知事まで加わった。選挙結果は別として、「劇場」を構成するのに、ふさわしすぎる布陣となっている。キャラクターの粒が必要なのはヒールの側で、ベビーフェースにキャラクターは要らない。没キャラクターでもOK。ドラマを支えるのはいつでもヒールである。

悪人顔やら下品やらはイメージの話で、もちろん虚実の「実」は別の話なのだが、静香氏は「実」を伴っている点、「ちなみに」話。料亭で偶然、座敷が隣り合った人間から聞いた話では、「下品すぎる!」。そうだろうなあ。びっくりしない。つまり、見かけから想像したとおりなんだと。正直な人。

いろいろぐだぐだ、おっさんみたいな選挙話はこれくらいにして、ここんとこ、ちょっと覗いてみ、というサイトを、今夜は2つ。手っ取り早く課題と流れが見える。

http://www.uesugitakashi.com/  記事が短いのがよいジャーナリスト系ブログ。数日に一度目を通す。

http://daichanzeyo.cocolog-nifty.com/0403/2005/08/post_b06b.html ああ、この人いたなあ。高知県がんばれ! 
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by tenki00 | 2005-08-24 01:48 | pastime

まとめて宣伝

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by tenki00 | 2005-08-23 23:46 | pastime

浮御堂句会 今月はお休みのお知らせ

昨日、お知らせを告知すると申しましたが、都合により、今月はお休みとさせていただきます。
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by tenki00 | 2005-08-23 23:05 | haiku

金沢 その2 墓参り

金沢の食べ物を食って、買い物をして、風景を見る。これはカタログ的なツーリズムを大衆消費社会(J・ボードリヤール)的脈絡で忠実にこなしているということである。ちょっと導入にフェンイトかけてみたが、どう?

些事で恐縮だが、ちょっと留守にすると、誰もクリッククリックをしない。諸君(当ブログの推定読者総数約5名)が飽きっぽいことは知っているが、あんまりではないか? いちいち私が言わなくても、自主的にクリッククリック。お願い。

さて、金沢の話。お墓参りは、2カ所に行った。義父の父上や母上の眠る墓。それと、義父の叔父にあたる人の墓である。簡単に書くとこうなるが、このあたりの事情は実は、たいへんに妙味深く、私にとっては大河小説並みのスケールを持っているのだが、ここでは書ききれない。

義父は、父を早くに亡くした(小学生の頃か)。yuki氏や私から言えば祖父だが、その祖父のことを、義父は写真や母親(yuki氏や私から言えば祖母)からの伝聞で知るのみ。祖母は多くを語らないまま、義父が20歳かそこらのときに亡くなった。祖父の写真を、以前に、見せてもらったが、数枚残るうちの一枚にロシア人女性と一緒に映った写真があった。独身で満州にいる頃の写真らしいが、そのあたりの事情は、義父にもわからないらしい。

祖母は、祖父の死後、つまり未亡人となってからは、お針子さんを集めて商売をしていたそうだ。気丈な人だったらしい。祖母の写真を、以前に見せてもらった。お顔が、yuki氏にとてもよく似ていると思った。

yuki氏や私は、父(義父)から、すこしの話(父の推測を多く含む)を聞き、写真を見せてもらい、金沢の土地と父(義父)の関係を、頭の中でぼんやりと思い描いた。だが、ぼんやりは、私たちだけではない。父(義父)にとっても、そうなのだ。つまり、義父は金沢の産であることは間違いないのだが、その紐帯の具体については、ある部分、濃い霧がたちこめているようなのだという。

金沢には義父の「親戚」がたくさんいる。親しくもしている。だが、そうした親戚は、すべて、義父の母方の親戚である。義父の父、あの満州でロシア美人と写真におさまっていた若者の出自を詳しく知る人は、すくなくとも今はいない。当然ながら、その親戚たちの姓は、義父の姓ではない。義父の姓(つまりyuki氏の旧姓)をいま名乗るのは、義父の家族だけだ。そのことはふつう、金沢という地縁、あるいは過去の血縁とは繋がりの切れてしまったことを意味する。ところが、親戚がいまも金沢に暮らし、義父や義父の家族が金沢に「帰った」ときは、親しくする。私も、親戚の人たちとお会いしたことがあるが、みな好人物を絵に描いたような人だ。

義父の叔父にあたる人の墓については、さらに興味深い経緯がある。義父があるとき昔の写真を整理していて、「M」という漢字2文字の姓が手書きされているのを見つけた。その、聞いたことのない苗字が義父の頭に引っかかった。あるとき(今から2、3年前のことだ)思い立って、ひとり金沢に出かけ、電話帳に並んだ「M」という苗字の電話番号を指でたどり、上から順に電話をかけた。「つかぬことをおうかがいしますが」と切り出し、自分の苗字を告げ、その苗字と過去に繋がりがないかどうかを訊ねていった。

寡黙な義父が、1本1本、電話を繋ぐ。その話を聞いたとき、私は興奮した。ルーツ探しの話は数多いが、エキサイティングである。母方の親戚からわからぬ父の出自を探るのに、2文字書き残された苗字だけを頼りに電話をかけていったのだ。

はたして、何番目かの電話の相手が「そういえば、墓所にある墓石にその苗字があった気がする」と答えた。すぐさま、義父は、その電話の家を尋ねた。義父の父の出自にある霧がすっかり晴れることにはならなかったが、義父は、金沢との紐帯、亡父との紐帯の1本は見いだした。

私たちが今回、その墓を訪れたとき、M家のおばさんが迎えてくれた。義父が何本目かの電話で話した女性だった。義父が会うのもまだニ度目、その他の家族、つまり私たちは初対面である。だが、おばさんは親戚のように私たちを迎える。墓所の片隅にある古い墓石には、M家とは別の苗字、つまり義父の苗字のの男性が、大正年間、憲兵伍長として若くして亡くなったことが記されていた。いま生きているM家の人たちには、その憲兵伍長のことは、おぼろげにしかわからない。詳細はすでにわからない。なぜ、自分たちの父祖が眠る墓所に、苗字の違う男の骨が眠っているのかは不明なのだ。しかし、その場に骨があるという紐帯は尊ぶ。その紐帯によって、M家のそのおばさんと私たちは、八月の灼けた青空の下、ひとつの墓の前で挨拶を交わしている。

満州に暮らした写真の青年は、義父と似ていた。義父をちょっと細面にした感じだ。義父のルーツ探しは、この青年の出自の詳細を明らかにできなかった。私やyuki氏にとって、祖父は物語の中の青年のようだ。それは義父にとっても同じかもしれない。

そして義父が物心つくかつかないときに、その男は亡くなり、yuki氏に似た義父の母は、いわゆる「女手ひとつ」で義父とその妹を育て、やがて、義父が東京の大学に行く頃に、事故で亡くなった。義父は旧制中学時代を京都で過ごしたので、金沢にいたのはずいぶんと短いことになる。それでも、義父は、金沢で穫れた人なのだ。夏のたびに、(ほとんどは義母とふたりで)金沢へ帰り、いろいろな人、生きている人たちやもう亡くなった人たちと会っているのであった。
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by tenki00 | 2005-08-23 18:26 | pastime