カテゴリ:haiku-manyuuki( 180 )

サーカス/海鼠

まちがってもシルク・ド・ソレイユみたいなんじゃないです、サーカスとは。

  サーカスを観て暗がりの海鼠の背  啞々砂

経緯がわかるという句ではありません。不思議な感触、不思議な時間がしっかりと定位している句。海鼠に背も腹もあったもんだじゃないというのは正確ではなく、背はちゃんとあります。

湿気のある、すこし匂いのするような観客席のひとつに腰かけ、ふと見遣ると海鼠の背があったのか、あるいはテントから出て、海鼠の背に出会うのか。サーカスも海鼠も、それぞれ大きな存在感をもって(詩的な、あるいは俳句的なイメージ喚起力をもって)存在するものですが、二つ合わさると、また違った妙味が生まれる。ドラマへとなだれ込んでしまうちょっと手前に踏みとどまった故の妙味とも言えそうです。

サーカスと海鼠、どちらが主題(主成分)なのか、なんて野暮はナシで、この二つが見事にバランスしていると読みました。

『塵風』第4号より。


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by tenki00 | 2011-12-14 19:00 | haiku-manyuuki

ガラスの天井

ガラスの天井(glass ceiling)という語が、ひところビジネス書や社会科学系の(やわらかめの)本によく登場しました。ここで説明してもしかたないので、この語を知らなくて興味のある人は、ググるなりなんなり。

  温室の天井といふ行きどまり  長嶺千晶

温室のガラスの天井には空も見えますが、それだけではありません。育ちすぎたシャボテンや観葉植物が天井にぶちあたって、それより上に行けない。温室の中にいて、上を向いて、この句は詠まれています。俳句における「温室」という語は、イメージに流されやすい。その透明感とか硬質、冬の日射し、生い茂る植物。ところがこの句は、しっかりとした「目」で、理知的に景が捉えられています。

掲句は句集『白い崖』(2011年6月・文芸社)より。他に何句か。

  巴里祭客船白き崖を成し

  掻きときて卵に春の回りだす

  舟虫の万の行方や音もなく

  鹿啼くや水にひろごる空のいろ

  金泥の文箱に月ののぼるなり


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by tenki00 | 2011-11-05 09:00 | haiku-manyuuki

カップル句 盆梅

作者の意図によらずデュエットしているような句を見つける。これ、前にもやった

読者が勝手にやっちまうカップリングと呼ぶのもいいと思う。カップル句。

  口閉ぢてアントニオ猪木盆梅へ  関悦史

  盆梅はインドのやうな響きにて  東人

前者・ 『新撰21』(2010年1月・邑書林)所収 後者・『月天』第11号(2011年10月)所収

アントニオ猪木の「ボンバイエ」は、ブラジルっぽいなと、なんとなく思っていましたが、コンゴ民主共和国のリンガラ語が語源。「奴を殺せ」という意味なんだそうです。

しかし、まあ、「盆梅へ」とは、また、なんと安易で、だからこそワンダフルな語呂合わせでしょうか。こういうバカバカしさには文句なしに惚れてしまいます。

一方、盆梅は、インドの響き。ボンベイ? ムンバイ? こちらも負けず劣らず、素晴らしい安易さ、極上のバカバカしさです。


むずかしそうな顔をせず、すらっとバカを言う。これは、成熟した作家のひとつのパターンですね。


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by tenki00 | 2011-10-12 12:00 | haiku-manyuuki

続・秋鯖

このあいだ書いた

  フェリーニの大田区秋鯖買う夫人  近藤十四郎

の件なんですが、週刊俳句でこの記事を紹介してくだすった上田信治さんと話していて、自分なら省略をこう読む、ということで、

フェリーニの大田区(って映画、そんなもんもちろん存在しないわけだけど)秋鯖買う夫人

が信治さん説。

なるほど。これはよろしいですね。作者の意図にかなり近いような気もします。


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by tenki00 | 2011-10-10 10:00 | haiku-manyuuki

太陽肛門

  凧ぬっと太陽肛門へ  九堂夜想

凧(いかのぼり)の行方は太陽肛門。

太陽が肛門へ、と読むのはやはり無理があり、「太陽肛門」と、造語っぽい四字熟語(というのか?)と解したい(解すべき)。

まあ、しかし、太陽肛門とは、なんとイメージ喚起力の高い四文字でしょう。この一句、俳諧の宜しさを備えつつ、ユニヴァーサルでアヌスなところは稲垣足穂にも思いが到ります。


掲句は、「ムルソー」30句〔『LOTUS』第20号(2011年8月)所収〕より。

ムルソーはカミュ『異邦人』の主人公、「太陽のせい」にしちゃった、あの人。この連作には太陽が数多く登場する。


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by tenki00 | 2011-10-09 21:00 | haiku-manyuuki

秋鯖

新潟・寺泊に角上水産という魚屋さんがあります。ここから鮟鱇を取り寄せで買って、句会後に皆さんといっしょに食べたりしていたのですが、最近、東京近郊にも出店してきて、ついこのあいだ、国立インターチェンジの向こうに新規オープンしたんですね。早速、秋鯖の塩焼を買い、晩御飯でいただいたのですが、旨い。関西では、鯖といえばバッテラで、ナマの鯖を煮つけたり焼いたりはあまりしないようなんです。それもあって、年をとってからの鯖は、格別おいしいのです。

  フェリーニの大田区秋鯖買う夫人  近藤十四郎

近隣では知らない人のいない有名句ですが、近隣じゃないところでは、まったく知られていない。当たり前ですが。

ずいぶん前に知った句ですが、いまだに良さは衰えません。

で、いま何を考えたかというと、「省略」ということ。

後半部分はそのまま「秋鯖買う夫人」で、ここに省略はない。問題は「フェリーニの大田区」。ここにどんな省略を読み取るかで、読む人の気分が違ってくるかもしれません。

野暮な蛇足を言ってしまえば、「フェリーニの(映画の雰囲気に似ていると言えなくもない)大田区」なのか、「フェリーニの(映画をあの子といっしょに観た映画館のある)大田区」なのか「フェリーニの(登場人物を思わせる男女が歩いていそうな)大田区」なのか……もろもろ。

何が省略されているのか、確定はできないが、かと言って、まったく自由な読み取りを許すわけではない。この、確実・不確実のあいだに宙ぶらりんで浮いているかのような「フェリーニの大田区」というフレーズ。これが、この句の空気を支配していて、そこに秋鯖と夫人が登場することで、なんとも言えない世界が現出するようなのです。

だらだらたくさんのことを言ってる暇がない、という俳句の美点は、いろいろな素晴らしいことを引き起こしてくれるという、その好例と思うですよ、はい。


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by tenki00 | 2011-10-08 21:00 | haiku-manyuuki

火葬場

絨毯つながりではないですが、

  火葬場に絨毯があり窓があり  山口優夢

山頭火の≪よい道がよい建物へ、焼場です≫も思い出すこの句、虚無的なようでいて、酷薄なようでいて、やっぱり優しさがあるのだなあ、と思う。「窓」に行くところが。

この句が収められた『残像』(2011年7月・角川学芸出版)から、何句か。

  台風や薬缶に頭蓋ほどの闇

  どくだみに日当たるときはもう夕日

  桃咲くやこの世のものとして電車

  電話みな番号を持ち星祭


なお、以下は余談。句集のタイトルになっている≪あぢさゐはすべて残像ではないか≫という句。高く評価する声が聞こえてくるが、私にはあまり魅力がない。理由はおそらく「文学」的だから。古い(伝統的な)「文学」のノリを素敵な感じで備えている。ここは好悪の分かれるところでしょう。

俳句が「文学」の下位分類であるなら、俳句全般、それほど魅力はないんですよね。詩の下位分類であることも、また同様。文学や詩と、クールに距離を置いた句が好みなので、「あぢさゐは~」の句には食指が動かないのですね。作者がめざす方向と、読んだ私が「いいな」と思う部分とが合致しないことは、よくあることです。


一方、この「あぢさゐは~」の句は、パロディ・もじりのしやすいかたちをしている。その点で、これからますます存在感を増し、重要な句、いわゆる「名句」になっていくかもしれません。  

《あぢさゐはむしろ残響ではないか》を某句会に出したときは微妙な空気が流れましたが。

  クロサイのそれは残尿ではないか  10key

  おぢさんはすこし残念ではないか  同

  俳諧はすべてパロディではないか  rockets_yamada


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by tenki00 | 2011-10-07 21:00 | haiku-manyuuki

絨毯にハイヒール

   緞通に大きな靴の跡ありぬ  高浜虚子

緞通、絨緞は冬の季語とされる。わからないことはありませんが、かなりムリクリです。「そんなの、季語といえるのか?」と言う人には、「そうですよね」と答え、「いやいや、りっぱに季語(季題)だよ」と言う人にも、「そうですよね」と、私は答えるだろう。要するに、どっちでもいいのだ。

   絨毯を深々と刺すハイヒール  竹岡一郎

深々だから一般家庭にあるのとはモノが違う。いやそれより、靴履きという点で、すでに御家庭ではない。ホテルかレストラン、それもかなり豪華な。

ハイヒールは、高くて細いやつ。映画でしか見ないようなやつ。じゃないと刺さらない。履き主は、もう、それは、美人、と相場が決まっている。


微視的に一点にピントを合わせながら、その場の空気や気分を伝える。これって、俳句のひとつの醍醐味なわけです。



ハイヒールの句は『蜂の巣マシンガン』(2011年8月・ふらんす堂)より。

他に何句か。

  船乗にいそぎんちやくのそよぎけり

  抱卵期見世物小屋に風が吹く

  落下傘秋草の野に畳みけり


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by tenki00 | 2011-10-06 21:00 | haiku-manyuuki

でこぽん

もじりでもパロディでも本歌取りでもおそらくなく、別の場所、別の時間に生まれた句どうしが、デュエットのように会話していることがあって、それを見つけると、うれしくなる。

  デコポンのデコといふのはこれかしら  原 雅子

  でこぽんのあそこがでこやそこがぽん  雪我狂流


原雅子句集『束の間』(2011年8月)、雪我狂流句集『御陰様』(2002年)より。


過去記事 俳句の詰め合わせ assorted haiku

デュエットする俳句:ウラハイ ※こちらは意図しての例



thanks to lugar comum
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by tenki00 | 2011-10-04 09:30 | haiku-manyuuki

エビネラン

エビネランをググると、育毛剤がたくさんヒットするんですけど?

ま、それはそれとして、

  もの書かぬ机にえびね蘭の鉢  綾野道江

句集『沃野』(2011年8月・本阿弥書店)の掉尾を飾るのがこの句。

綾野道江氏の師は、故・中島斌雄。その最後の作品が、

  エビネラン一角獣をさしまねき  中島斌雄
 
オマージュになっているわけです。

こんなふうに師への愛と尊敬をかたちにするのは、ステキですね。

  
中島斌雄については、例えばこちら≫冨田拓也・俳人ファイルⅩⅣ

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by tenki00 | 2011-09-30 12:41 | haiku-manyuuki