カテゴリ:haiku-manyuuki( 180 )

梟効果

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  ふくろふの眼うごかず闇うごく  吉田悦花

動きそうなものが動かず、動かなさそうなものが動く。これも、梟効果のひとつかと。


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by tenki00 | 2012-05-08 12:28 | haiku-manyuuki

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  鯨来る空まんまるに太らせて  山岸由佳

自分が鯨を好くのは、鯨を思うと、この世には空と海と鯨しか存在しないような気になってくるから、らしい。

鯨のあの動作やら顔の表情やら、そこに余計なものがいっさいない、という感じなのです。

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by tenki00 | 2012-05-07 12:24 | haiku-manyuuki

養花天

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

 養花天背広にかぶるヘルメット  矢羽野智津子

クライアントか、工務店のエラい人か。間違っても、原発を視察する知事、政治家とは思いたくない(なんで、あいつら、ヘルメットを斜にかぶったりするのでしょう?)

養花天。花を養う空、だなんて素敵な言い方ですよね。

背広の背中を反るようにして、顔が空を仰いでいる。のびのびとして気持ちのいい景色です。


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by tenki00 | 2012-05-04 20:00 | haiku-manyuuki

みどり

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  川よりもゆっくり歩く緑雨なり  室田洋子

川の流れはどんなにお遅くても人間の歩みよりは早いだろう。「川よりもゆっくり」とわざわざ言うのは、気持ちの問題。

すぐ近くに水の流れがあって、おまけに雨。この水だらけの世界の主成分は「緑」。この句全体が緑、濡れた緑。その緑が歩みの速度を包み込むと、緑自体にも少し動きが出る。そこが心地よい。

その心地よさが「緑雨なり」の「なり」で、詠み手/読み手に引き寄せられる感じもありますよね。「緑雨かな」だと記述が雨に向かい、快感も雨に委ねられる。それもいいのだけれど、この作者は、「なり」で、自分へと快感を引き寄せる。そこに遠近法が出る。となると、もう静止画ではなく、動画。緑がいきいきと動くのでありますよ。

立夏(5月5日)は、もう、すぐ。


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by tenki00 | 2012-05-02 20:00 | haiku-manyuuki

質感

夏が近づいてきましたね。今日は暑く、少し蒸します。俳句を取り上げるとき、時季がちょうど合うのがよろしいのでしょうが、そうも言っていられない。届いた句誌に載っている句が、その時季の句とは限らないので。それもまたよし、と。

  はつゆきや紙をさはつたまま眠る  宮本佳世乃

眠りに落ちるとき指に触れている紙、ということなら、本のページなんじゃないかと、想像することは許されていいと思う。それを答え、結論にするわけではないので。

あるいは、この「はつゆき」と眠りを質感として「紙」がつないでいるので、障子に思いが到ったりもする。

この句、そう、質感の句です。「さはる」ことが詠まれているというだけではなくて、一句の中の複数の事物が「質感」でつながる。

質感の豊かな句、質感をきちんと調整した句を、私は愛する傾向があるわけですが。


掲句は『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。



『豆の木』の最新号に載っている同人諸氏の句を少しのあいだ取り上げることにします。のんびりと。

この「豆の木」という同人には、一時期、私も所属していたことがあります。先日の週俳5周年のパーティーでは、まだ私が「豆の木」所属であるとお思いの方もおられたわけですが、考えてみれば、ある集まりを「辞めた」というのは公報(!)に載るわけでもなく、声高らかに宣言したとしても周知には及ばない。いたしかたのないところではあります。それよりもまず、私がどこに所属しているかなんて、ほとんどの人にはどうでもいいこことではあります。


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by tenki00 | 2012-05-01 20:00 | haiku-manyuuki

牛舎

鈴木牛後句集『根雪と記す』は、小ぶりの、正方形の判型(135mm×135mm)。

  初蝶は牛舎の隅の暗きより  鈴木牛後

牛後さんは、週刊俳句のシリーズ「牛の歳時記」からもわるように酪農を営まれていて、この句集には牛関連の句も多い。

牛じゃない句から。

  あけてゐるだけの呉服屋あたたかし  同

  行く春のいつか何かに使ふ箱  同


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by tenki00 | 2012-04-12 12:00 | haiku-manyuuki

おまわりさん

ようやく暖かくなってきました。

  自転車を漕ぎ来て春のおまわりさん  雪我狂流

私の妻は、交番などで、若くてかわいらしいおまわりさんを見かけたり、口をきいたりすると、きゃっきゃと陽気になる。

もともとは新郎が警官という披露宴に出て、警官の正装が金モールやら何やらで、その派手さと凛々しさに魅了されてしまったことがきっかけらしい。世に言う「制服フェチ」? いや制服でありさえすればいいというわけでなく、あくまで「お顔」と、本人は言うが、そのへんの機微はわからない。

そういえば、この頃の若いおまわりさんに、いかつい感じはなく、物腰やわらかで、昔でいえば優男、今でいえばイケメンの子も多いようだ。こんなんで大丈夫かとも思うが、きちんと鍛えられているのだろう。というか、それ、期待したい。

掲句は、雪我狂流さんの最新句集『春のパンまつり』(私家版・2012年3月)。てのひらサイズの薄さ、ホッチキス留めの私家版狂流句集は、もう何冊目だろう?


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by tenki00 | 2012-03-07 20:00 | haiku-manyuuki

横浜

遅々とでも、春に来てもらわんとなあ、という感じです。まあ、待ってれば来るんでしょうが。

  横浜や蝶来て汽笛発つところ  仲寒蟬

大阪に生まれ、長野県に暮らす作者にとって、横浜は、旅先、異国かもしれません。輝くような春の訪れ。


掲句は仲寒蟬句集『海市郵便』(2004年7月/邑書林)より。ほかに春の句を何句か。

  しやぼん玉三千世界うらがへし

  高層を並べ海市といふ風情

  永き日を使ひきつたる郵便夫



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by tenki00 | 2012-02-29 20:00 | haiku-manyuuki

取り分ける

もう2月も終わるというのに、寒い日、ありますね。

  湯豆腐を取り分けてゐて何か嬉し  小沢麻結

取り分けてもらうほうの嬉しさはともかくとして(もちろんあるとして)、取り分けるそのことそのものが「嬉し」。こんなふうにみんなで食事できるのが、いいんです。

このあいだの句会のときにも誰かがおっしゃいましたよ。「大勢で食べるから美味しいんだよね。ひとりで食べてもねえ」。

「いや、大勢じゃなくて二人で食べても美味しいよ」と憎まれ口を叩きましたが、じつに、正しいのです、大勢で食べると愉しい。


掲句は小沢麻結句集『雪螢』(2008年7月/ふらんす堂)より。ほかに何句か気ままに。

  風車ケーブルカーに飾りたし

  腕時計ひんやり仕事始めかな

  春水を出でてあしかの髭煌めく

  名月やマクドナルドのMの上

  ヒヤシンス月の光を吸つてをり



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by tenki00 | 2012-02-28 20:00 | haiku-manyuuki

大丈夫、無敵

寒いですね。(そりゃ冬だもの)

  マフラーをぐるぐる巻きにして無敵  近 恵

「無敵」と言い放たれるのは、あまり気持ちのいいものではない。「無敵やなあ」とこちらから呆れて言うぶんにはいいが、自分から言われると、ね。

ところが、この句、存外気持ちがいい。颯爽としたマフラー姿というのではない。なにしろ、ぐるぐる巻きだ。でも、その、格好もつけずに、ぐるぐるっと巻いたところが、かえって潔く、それはもう無敵のスタイル。圧倒的なスタイル。

掲句は、炎環4同人の合同句集『きざし』所収の近恵「大丈夫」より。

大丈夫。

大丈夫、無敵です。

ほか、気ままに何句か。

いつつより先は数へず春の波

傘開くところより春暮れにけり

冷酒の口切の音何処より

どれだけ酒が好きか、という。

一房の一気に黒くなるバナナ

金風の始まりトンネルの出口

根元まで吸ひし煙草や菊日和


いやあ、これはいいですね。吸い殻を目にしているということでしょうが、目を細めて、晴れた空に向かって煙を吐いた、その光景が目に浮かぶような吸い殻。

褞袍より人の匂ひのして重し

初春や皺一つなく張るラップ

水引の鶴に絡みし春ショール

書割のやうな青空浅蜊掘る

名月や昨日のごはんあたためて

手袋の中のてのひら湿りたる

とつくりセーター白き成人映画かな

引つぱれば春のセーターから光


明るい。で、挙句は、これ。

桜の芽もつと膨らむまで歩く

この、歩調、ぶらぶら散歩する足どりもまた、大丈夫、無敵。


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by tenki00 | 2011-12-28 18:00 | haiku-manyuuki