カテゴリ:haiku-manyuuki( 180 )

水羊羹

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  夕暮れが遠くより来る水羊羹  三宅やよい

遠くから夕暮れ。手もとには水羊羹。これが夜? ということもないだろうが、感触と距離感が織りなす、ある種の気分。


ところで、『豆の木』誌は、同人各氏の見開きスペースの上方には10句が並び、下には短文(エッセイ)が載るというスタイル。これは創刊当時から不変らしい。

三宅やよいさんの短文「ありし日」に、以下のようにあった。
だいたいが「ありし日」を振り返ること自体あまり好きではない。「○○の新聞に取り上げられました」と、黄ばんだ新聞記事を壁に貼りだしているラーメン屋みたいなもので、かつてあったはずの自分を語るようになったら終わりじゃないか。
潔い。

さらに、こうある。
見知らぬ場所、出会っていない人がまだ私を待っている気がする。生きてる限り「あるかもしれない私」を楽しみにしたい。
こちらも前向きになれますね。


もうひとつ、ついでに、水羊羹は、たねやが美味ですよね。

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by tenki00 | 2012-06-11 12:00 | haiku-manyuuki

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  スツールに足組み毛皮夫人は海  中嶋憲武

ラ・メールですな。

「帰ってきた毛皮夫人」10句。ジュリアナ東京、ユーミンなど、毛皮夫人の年齢のヒントが。


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by tenki00 | 2012-06-10 12:00 | haiku-manyuuki

水葬と蒲団

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  水葬の如く蒲団に溶けてゆく  内藤独楽

「溶けるように眠る」は成句なので、「蒲団」という語から「とけてゆく」が導かれるのは順当。けれども、この句のなかでは、水葬もまた「とけてゆく」イメージ。これはインパクト大。

眠りに落ちるのを水葬と言いきる、その可笑しみと同時に、鮮烈で静謐なイメージが立ち現れる。


  
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by tenki00 | 2012-06-09 12:00 | haiku-manyuuki

悲喜劇

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  酔った俺に執事みたいな冷蔵庫  峠谷清広

食べ物を供してくれるわけではないだろう。それは執事の仕事ではない。ただ、ある種の威厳をもって、すっくと立っている感じか。

「笑える悲劇」10句には、《金木犀母の脇毛を見る少年》《木枯らしや笑うと怒られそうな街》など、世界との違和がタイトルどおり悲劇とも喜劇とも言い切れぬ、微妙に俳句的な挙措を伴って並んでいます。


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by tenki00 | 2012-06-08 12:00 | haiku-manyuuki

ひりひり感

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  ひりひりと蚯蚓の一日はじまりぬ  月野ぽぽな

土を掘り返されて鍬の刃で体がまっぷたつになってしまうかもしれず、国道を渡ろうとして途中で力尽き干からびてしまうかもしれず、あるいは平穏に日暮れを迎えるかもしれず。これから始まる蚯蚓の一日がどうなることやら、蚯蚓自身にも私たちにもわからない。一日一日が切実。

私たちの日々もまた纏っている「ひりひり感」は、しかしそのことを忘れがちで、蚯蚓という他者(私たちとの距離感)を通してこそ思い出されるものかもしれません。


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by tenki00 | 2012-06-07 12:00 | haiku-manyuuki

あびる

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  映画あびるやうに蝉あびるやうに  高橋洋子

あびるように観る映画。観たいものです。蝉をあびるがごとき夏の日も、よいものです。

あびるものとしての映画と蝉のチョイスは、とても魅力的です。


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by tenki00 | 2012-06-06 12:00 | haiku-manyuuki

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  爪のびて春の旅行を終へにけり  嶋 一郎

旅行中に爪切りを持ち歩かないので、伸びてしまうのだろう。細かいところへの着目にリアリティがあります。


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by tenki00 | 2012-06-05 22:00 | haiku-manyuuki

ひかりの物理

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  空瓶をくぐつてきたる冬日かな  齋藤朝比古

少し厚手のガラスのなかを、光がぐにゃりと縫うようにくぐる。これは冬日でなくては、感じが出ない。


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by tenki00 | 2012-06-04 22:52 | haiku-manyuuki

先頭キャラ

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  先頭のマフラーものすごく長い  近恵

「ものすごく」という語は、俳句には収まりにくい。けれども、なんとなく収まっている。

先頭キャラ(先頭を行きたがる人)は異様に長いマフラーを臆面もなく巻いていそうな(なびかせたがるような)気が、そういえばする。奇異なものを見つけた、その捉え方に酷薄さが漂うところが、この句の味わいどころでしょうか。


「キューピー」10句を拝読すると、この作者、最近、すこし一発芸に走りすぎという感も。俳句は一発芸という側面もあるが、その場のウケを狙いに行きすぎると、コクを逃すということも。


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by tenki00 | 2012-06-03 22:00 | haiku-manyuuki

徹夜祭

『豆の木』第16号(2012年4月21日)より。

  限りある米櫃復活徹夜祭  古城いつも

不思議な句。

無尽蔵の米櫃があれば、とても嬉しいが、そうとも行かない。

句の後半は、復活祭ではなく、徹夜祭。「復活徹夜祭」がどんなものか知らないのですが、なんだか、躁(ハイ)な感じです。

この句を含む「脳内パズル」10句は、全体に、意味のよくわかる句が並んでいるので、よけいに、この句は、不思議。


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by tenki00 | 2012-05-30 20:00 | haiku-manyuuki