俳句漫遊記135 骨以下?

結論とは秋刀魚の骨のようなもの   峠谷清広

結論・結果にむかって過程が並ぶ。私たちは、ときとして、すばらしい過程を手に入れることができるが、「すばらしい結論・結果」というものはほとんど存在し得ない。

結論・結果とは、企図されたものである。また、無意味なものでは文字どおり意味がない。実用に供されるものである(言い方がややこしい。つまり、必要だからこそ結論・結果が求められる)。用が足りれば、それでよいのだから、すばらしさや豊かさが備わるはずがない。

過程は、企図を裏切り思いがけない顛末をたどったりもする一方、きわめてエレガントな姿も見せる。ただし、過程だけでは、実用にはならない。こうした思いがけなさ・無用には、ときとして、すばらしく豊かなオマケが付いてきたりする。

してみると、結論とは、秋刀魚の骨ほどのものでもなく、秋刀魚の骨以下、なのかもしれない。それが正解であれ誤りであれ、賢明な結論であれ愚かな結論であれ。

ヘンな言い方かもしれないが、私たちは過程を生きることはできても、結論を生きることはできない。


掲句は『豆の木第12号』(2008年4月)より。
[PR]
by tenki00 | 2008-05-11 08:55 | haiku-manyuuki
<< 俳句漫遊記136 鳥 俳句漫遊記134 換喩 >>