俳句漫遊記133 比喩

帆のような素肌ラジオのように滝   田島健一

この句は、まえに、信治さんとしゃべった。

『週刊俳句』第10号・「新鋭俳人競詠」を読む (後編)
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/07/blog-post_7753.html

天気::はい、「腫瘍のごときいちご」はダメ。でも、「帆のような素肌ラジオのように滝」はいただきました。

信治::ヘンな文体ですよね。「ような」「ように」と1句のなかに直喩を2つ重ねるという。

天気::この手の対句はめずらしいですね。前半の比喩は、後半の「ラジオのように滝」の露払い的に考えて、これくらいでもいいかな、と。どっちも凄いと、どっちを楽しんでいいのかわからなくなる(笑。


このときから、感想はほとんど変わらない。好き句。当時は「露払い」と言ってしまったけれど、「帆のような素肌」の青春性(60年代のヨーロッパ青春映画のようです)も、なかなかいいなあ、と、以前よりも、さらに好きになったかもしれない。

直喩を嫌う傾向が、俳句世間には根強い。気持ちはわかるが、世の中には、いい比喩と悪い比喩、成功した比喩と失敗した比喩がある。

直喩は俳句らしくない、ともいえる。じっさい、この句は、あまり俳句然としていない。俳句じゃないかもしれない。でも、そんなことはどうでもいい。退屈な「俳句」よりも、おもしろい「非・俳句」のほうが、いい、に決まっている。

掲句は『豆の木第12号』(2008年4月)より。

「豆の木」の田島さんの10句は今年も充実。10句中6句は迷うことなく頂く。1句目、2句目、3句目、4句目、9句目、10句目。グ~(って、古すぎ)。
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by tenki00 | 2008-05-09 18:04 | haiku-manyuuki
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