俳句漫遊記121 ちょうどいい大きさの不思議

菊田一平さんの句は、なにげない。だから気持ちがいい。

  空を行く二百十日の紙袋  菊田一平

       菊田一平第二句集『百物語』(角川書店2007年12月)より

二百十日だから、風も吹く。紙袋が空を飛んでいっても不思議はない。でも、この景は、気持ちがいいのだ。「空を行く」紙袋には、びっくりするほど大きな不思議はなくても、ちょうどいい大きさの不思議がある。ちょうどいい大きさの驚き、ちょうどいい大きさの興趣がある。

一平さんとはたまに句会をご一緒する。二次会になると、おもむろに鞄から短冊が出てきて、袋回しとなるのがもっぱら。即吟力は絶大で、いわゆる手練。だが、手練という呼称につきまとう、ややお下品な感じが、一平さんの句にはない。手練を通り越して、恬淡。

言い方を換えれば、措辞を「凝らす」という行為とは、慎ましく距離を置く、ということ。「なにげなさ」はそこから生まれる。

そのだんで行けば…

  冬満月枯野の色をして上がる

…などは、一平さんにしてはめずらしく「凝らした」句で、素晴らしい句ではあるが、一平さんらしくないともいえる。

でもね、俳句愛好家のほとんどは、措辞を凝らそうにも、それだけの腕前はない。手練どころか、そのはるか手前でジタバタしているわけです。一平さんのことを「俳句がすごくじょうず」と評しても、本人はまったく嬉しくないかもしれない。けれども、「じょうずな俳句」が読者にもたらしてくれる悦楽は、依然として大きい。

「腕っこき」の一平さんに、作者の端くれとして畏敬の念を抱きながら、読者として、いつまでも愉しませていただく気でいる。


そのほか気ままに。

鳥のごとうさぎ数へて春待てり
花すでに散りて大きな桜の木
サンダルのかかと余して水中り
頼朝の首を抱へてゐる菊師
よく軋む四万六千日の椅子
千代紙の猫の百態秋深む
さみだるるわけてそねさきあたりはも
空箱を重ねてメリークリスマス
魚は氷に上りて月の佃島
ふるさとの夜は暗いよ牛蛙
秋晴の鼻がむずむずしてゐたり
たちまちに夜の来てゐる案山子かな
しばらくを冷たき石に座りをり
鎌倉に当り散らして冬の雷
大歳の引けばかたかた厠紙



なお第一句集『どつどどどどう』からの一句は、次の過去記事▼
http://tenki00.exblog.jp/778828



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by tenki00 | 2008-02-15 21:33 | haiku-manyuuki
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