俳句漫遊記115 根拠

風船のうちがわに江戸どしゃぶりの  田島健一


一読して、絶品と、私は断じた。

ところが、この句、どこがどういいのか、まったく説明できない。句意が伝わるわけではない。景色をうたってはいるが、景色が見えるわけではない(否、視覚的な意味の景色があるわけではない。この句の景色はけっして絵に描けず写真にもできない)。なにかを了解できるかというと、そうではない。

意味を伝達せず、像(イメージ)を示すのでもなく、了解性を獲得するのでもない。だから、何がいいとかといった評価のとっかかりも、なにを感じるとかいった感想のとっかかりもない。すこし軽薄に言えば、そこからするりと逃れていく。「絶品」と私が断じたその根拠を与えてくれず、「絶品」と、それ以外に言辞を発せない読者として私が取り残される。

俳句における意味伝達性や了解性は、作者がそれに価値を置こうが置くまいが、それそのものだけで価値があるわけがない。俳句は「お知らせ」でも「説明書」でもないのだ(わかればいいってもんじゃない)。一方、非・意味伝達性・非・了解性もまた、それそのものに価値があるわけでもない(わからなきゃいいってもんじゃない)。

そして、この句。句を判断する根拠、感じる根拠、はては読む根拠まで、読者から奪い去ってしまうかのように、ただ屹立する。

この句の屹立とは、読者のなかにあったはずのさまざまな根拠への参照を拒否するたたずまいのことだ。そのことをもって、この句は、一読したときと同じくいまもワケがわからず、絶品のままだ。


掲句は「東京新聞」2007年4月28日掲載
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by tenki00 | 2007-10-22 19:24 | haiku-manyuuki
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