インターネット俳句協会のサイトを拝見して (4) 最終回

いくつか考えたことを断片として挙げ、このシリーズを終わりにするざんす。

第1回→http://tenki00.exblog.jp/3736209/
第2回→http://tenki00.exblog.jp/3735703/
第3回→http://tenki00.exblog.jp/3751570/

1) 俳句関連サイトはたくさんある。それぞれ、参加者にとって大切な句座になっていることがある。それは、参加者・世話役・主催者の意欲やマナーによって維持されている。トラブルが発生することもあるが、解消されれば、また続いていく。これらはリアルの句座となんら変わらない。

2) インターネット上に散らばる俳句関連サイト(ブログも含む)は、個々ばらばらであったり、ときに関連したりする。いつのまにかなくなっていたり、ある日、急に新しいサイトが生まれたりする。固定的ではなく流動的。それがインターネットの、「俳句関連サイト」の、いいとこ、とも言える。

3) シリーズ第2回で、「あるべき姿は、それぞれのサイトが考えることである」と書いた。「あるべき姿ナシ」という選択も含め、「俳句関連サイト」のそれぞれがそれぞれである。

4) さて、インターネット俳句協会。サイトを拝見すれば、発起人の高橋さんと「水煙」というところが核となっていることは、容易に理解できる。そこでひとつお聞きしたいのですが(と急に質問になる)、それを承知の上で、理事の皆さんは、この協会に参加され、理事をお引き受けになったのですね? ※実はここのところをかなり不思議に感じている。

5) インターネット俳句協会は、サイトを拝見するかぎり、幼稚な啓蒙主義をまとい空疎かつ陳腐、と理解させていただいた。こうしたものの被害(迷惑やら当惑やら嫌な思い)を最初に受けるのは、他でもない当事者(例えば理事長であるとか理事の皆さん)だと推測される。それ以外は、当面、無視することで、関わりをもたなくてすむから、被害は受けない。

6) 私も、無視のスタンスを貫けばよかった鴨。

7) 理事長挨拶を取り上げてきたが、これとサイト全体が発しているものとに不釣り合いがあるわけではない。リンク先のサイト等を細かくは見ていないが、見て、印象が好転することはないだろう。

8) 理事長挨拶を取り上げてきたが、五島さんとは一面識もない。私の不勉強のため、句も散文も拝読したことがないが、当協会の「理事長」と、「俳人」としての五島さんとは、いちおう区別して考えている。同一視するのが世間だが、私はあえて。「俳人」として、こののち長く良い仕事をなさいますよう祈念させていただきます。

9) シリーズ第1回で、どのくらいの「俳句関連サイト」を巻き込めているかといった指標を挙げたが、それは一般論。たとえ99%のサイトが加盟したものであっても、噴飯物は噴飯物。

10) 掛け値なしの本気の、建設的な提案をひとつ。もし、この手の「協会」的なものをつくるなら、高齢者に対象を絞る手はある。「インターネット俳句」というものがあるとすれば、それは、高齢者にとって意義のあるカテゴリーかもしれない。「インターネットを利用して俳句を楽しみたいが、いまひとつやりかたがわからない」という高齢者は多い。これから増える。それ向けの協会である。俳壇の「中心的存在」をめざしたり、「次代の俳句界を担う新人」を育成したりなどと、うつろな目標を立てるより、こちらのほうがよほど意義があると思う。


以上で今回のシリーズは終わり。もうインターネット俳句協会関連サイトを拝見することもない。このさき、よほどおもしろいネタを振ってくれないかぎり、この協会について書くこともない。
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by tenki00 | 2006-09-13 12:26 | haiku
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