土着:椎名林檎という人の歌唱

メール句会オクンチのお題のひとつが「性」。ふっと、この「性」でgoogle検索してみようという気になり、ググってみると、トップに表示されたのは、なぜか、椎名林檎のホームページ。グーグル社、このところ、この手の商売を展開しまくっているが、妙なリンケージですね。性→椎名林檎。

椎名林檎という人の、名前以外のこと(東京事変というバンドの音のことであるとか、この人の姿形であるとか)を知ったのは最近のことで、そのことを記したエントリで、「外観的に私めの煩悩のどんぴしゃどまんなかであること」をおとなげなくも表明した。その個人的な意味では、「性→椎名林檎」というgoogleの仕業も、納得が行く。

まあ、それは置いておいて、この人の歌声というのが、私にとって不思議である。好き嫌いでいえば、それほど好きではない。いちおうロックっぽい音楽なのだから、馴染みのある「ロック歌唱」に則った歌唱が望ましいが、この人の歌い方は、まったくそうではない。聴いていて、気恥ずかしくなる部分さえある。

声を捻り出す感じは、ロックというよりも、民謡調(アラエッサッサー♪)だし、英語の歌詞は(確信犯的に)カタカナっぽく歌う。もっとも、英語を英語っぽく(例えば-erを発音記号eの逆さまで歌われる「寒さ」に比べたら、ずいぶんマシ。その気持ち悪さに意識的なので、わざとカタカナで歌うのだろう。

ともかく、そうした(ロックっぽくない)感じは、例えば、この歌唱に顕著 → http://youtube.com/watch?v=_CDpJxxrDhU

久しぶりに、YouTubeで聴いて(このサイトの御陰でCDを買わなくて済むことが多く大変助かっている)、ちょっと思ったのは、椎名林檎という人は、演芸館なのだということ。

関西出身の私は、週末になると、テレビで、よく演芸を見た。大阪の大規模演芸館は、東京の寄席とは雰囲気がまったく違う。落語家も漫才師もブツブツつぶやくようでは客にウケない。バーンと芸をかます。賑やかにかます。

椎名林檎という人の歌を、かつて私が観ていた演芸館の舞台の板張りの上に置いても、まったく違和感がない。そのことが、よくわかった。ギター(だいたいはギブソンのフルアコとかその手の高級ギター)やら三味線を持って、にぎやかに芸を披露する女芸人さんたち。椎名林檎の歌唱は、その線上にある。

わかりやすく言えば、かしまし娘(関西に詳しい人なら、「ちゃっきり娘」とかでもいい)のソロ(ひとり)版、あるいは女浪曲師のバックに巧いロックバンドと巨大PAが並んでいると思えばいい(かしまし娘、ちゃっきり娘は誰一人として性的ではなかったが)。椎名林檎という人は、百年早く生まれていたら、浪曲師をやっていただろう。けっして流行歌手ではなく。

椎名林檎のアラエッサッサー♪は、恥ずかしくも、深くて泥臭い(ディープでスワンプな)部分を刺激する。どうにもこうにも、これがネイティヴ(土着)ということなのだ。


さて、新宿で捻った句もちらほら混ぜて、今日は10句ざんす。

夕焼の淡きところを鳥ひとつ
八月の雨打つ下に淡水魚
あまがへる昼降る雨のあかるさに
金蠅の狙ひ定めてゐるところ
しかるべきところに臓器秋立ちぬ
稲びかり雀に耳の穴ふたつ
ちんまりと金魚を掬ふ背中かな
沈丁の闇にぼこりと穴があく
秋や象の一歩が跨ぐ象の糞
京三条擬宝珠の先に金蠅が
[PR]
by tenki00 | 2006-08-09 23:23 | pastime
<< 百句会の100号 句を捻るというパフォーマンス(実行) >>