文体

今日の記事、かなり、ややこしい。

さて、亀田少年の件、各地でお祭り騒ぎになっている。もう済んだことで、どうでもいいのだが、今回、私にとって、ひとつ副産物があった。といってもたいそうなものではない。亀田家と「関係」のある「組長」の写真が今日の『フライデー』誌に載ったそうだが、その英五郎氏(参照)の「今日のひとこと」が滋味深い。皮肉ではない。おもしろいのだ。ところどころ、ひとことひとことが。
http://www.ikuseikai.co.jp/hitokoto.htm
文体で読ませる文章は、きわめて稀だ。「オレンチ」文体とでも名づけたいこの一連の日記は、おそらくは御本人が書いたものではあるまい。聞き書きという可能性が高い。しかし、もしこれが聞き書きとしても、ヘタなライターはもちろん巧いライターにも書けない滋味がある。

突出した文体として思い出したのが、ジャガー氏(ジャガー星出身、千葉県市川市の洋服直し屋さん)の文体(むかし、きっこさんに教えてもらった)。
http://homepage3.nifty.com/jaguar-star/index.html

、、で、生ビールを4杯位、かな、飲んだんだ。
帰りは、チンチン電車で、鎌倉まで、、
あの路線、って、のどか、で、いいよナ、
でも、トンビ、に気をつけなきゃ、、、ナ。


読点が、たまらなくファンキー。
なおかつ、上記トンビへの展開に見られるように、話の流れが突拍子もなくヘヴンリー。

ところで、文体というのは、文のスタイルなわけだが(どうでもいいが、お洒落にスティル(仏)と言ったりもする)、もっぱら字で書かれたものをさす。たとえ、それが口語体にしても。歴史的なヒエラルキーを言えば、字は口の上位にある。ざっくり言えばの話、字によって、知は、集積されやすくなり、固定化もする。前者については、例えばウンベルト・エーコ『薔薇の名前』を参照。後者については、「文法」が一般的な一例、また無文字社会との対照から、文字が強大な政治権力=国の誕生と密接な関係にあることは、人類学の数々の成果が示唆するところ。文体というものもまた、これもまたざっくりで申し訳ないが、エスタブリッシュメントと結びつく。話がややこしくなっちゃったが、つまり、字は、ちょっとえらい。字を書くということも、ちょっとえらい。否、えらかった。

ところが、エスタブリッシュメントと遠い場所で生み出される文体というものが、このインターネットで誕生しているという見方は、確実にできる。上に引いた2つは、その例と思う。

「文章を書く」ということを旧来の鈍重なセンスで捉えているうちは、「こんなんでいいの?」といいたくなるような「文体」が生み出される環境が、インターネットには整っているということなのだ。例えば、[文章を書く→読者を得る]という過程への参入の容易さ(アナログであるところの印刷物との比較で考えれば容易に理解できる)が、その要因の1つ。

「こんなんでいいの?」「こんなんで、いいのかもしれない」「こんなんで、いい」…こうして、エスタブリッシュメントから自由な文体が、各所で生み出されていく。今は、きわめて面白い局面にあると思う。


※追記 別の話題だが、亀田少年の件で2点だけ。
1) 興行的にはこれ以上の成功はない。視聴率のことを言っているのではない。その後の熱狂(正も負も含め)が生み出す、今後の興行的成功のことだ。もし予定どおり大晦日に試合をやれば、その放送は、今回以上の相対的成功を収めると思う。私だって観るもの。
スポーツをメディアの「コンテンツ」と捉える言説も、今回の件では目立つが、コンテンツが「優秀」だから、多くの人が見るのではない。物語に魅了されやすい民衆(今回の女性ファンや全回サッカーワールドカップの即席ファン)の吸引力までをも、コンテンツの優秀さに含めるとしても、まだ、その外に漏れる要素が存在する。「事件に付きあう」という気分の人々の吸引である。大晦日は、「どんな『八百長』になるのかを見物しよう」という人が膨大なものとなる。TBSが放映しようというなら、あと半年、徹底してヒール役を亀田少年と共謀するという作戦が、企業として最適だろう(ただし、何度も言うようにメディア=公器としては、さにあらず)。

2) たじまさんが、えらく真面目な論(皮肉ではない)を展開されている。
http://moon.ap.teacup.com/tajima/251.html
この記事のせいかどうか、昨日今日とビジットのカウンターがぐるぐる廻っている様子。「来訪者」の話を昨日書いたばかりで、なんともタイミングがいい。
ひとつだけ反応しておきたい。不可解な何者かの、眼に見えない力。の正体を、たじまさんは何とお考えだろうか? 私はこう考える。「不可解な何者か」とは、突き詰めれば、私たち大衆である。力(あえて権力と言ってもいい)はいつも暗黙に働く。力=(広義の)権力の在処はどこか。それは、(目に見えてわかりやすく)時の政府でもなく、経済的強者でもなく、「外来王」としてのアメリカでもない。私たち全員の心根の奥底に存する。つまり「草の根」権力ということ。

追記が長くなった。

さて、今日の10句ざんす。100題100句・夏の別館から051:糸-060:誰。

撚り糸のさまざま集め夏休み
あかあかと畳に散るや罌粟の花
雪渓のいくつと言へぬ景色かな
鞄より歌留多いちまい火蛾舞ふ夜
葉から葉へしづくの落ちて菖蒲園
兵児帯に刺さつてをりぬ白団扇 
蛭泳ぐあと追ふやうに別の蛭
六甲のおいしい水で蛸を炊く
パセリ刻む尖閣諸島おもひつつ
誰何さるるたびに水母と言ひ通す
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by tenki00 | 2006-08-04 23:13 | pastime
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