俳句漫遊記86 多田智満子

草の背を乗り継ぐ風の行方かな  多田智満子

マルグリット・ユルスナール『東方綺譚』は、私がこれまで読んだなかで、いちばん好きな短編集かもしれない。この美しく哀しく胸躍る書物の翻訳が多田智満子。これほど美しく哀しく胸躍る日本語が読める幸福を味わいながら、この本を何度も読んだ。

多田智満子は2003年1月23日逝去。詩や短歌があることは知っていたが、句作があることは最近になるまで知らなかった。

  蟻の世やつながり落つる闇一つ  多田智満子
  むかし父ありき麻服パナマ帽      〃
  むかし母すだれ巻き上ぐる腕白し    〃

これらの句を収めた句集『風のかたみ』は会葬者に配られものだという。私の手元にはもちろんない。以下のサイトから引かせていただいた。
http://homepage3.nifty.com/anti-podes/tada.html

ひとつ個人的な偶然がある。高校の同級生の一人と、卒業以来会うことなく過ごしていたが、近年になってから年賀状のやりとりが続くようになった。ある年の暮れ、灰色の縁のある葉書が届いた。身内の不幸で、賀状は出さないという、その手の便りは一定頻度で届く。そのまま忘れ、その正月も過ぎて、だいぶ経った頃、何気なしに書面を見ると、「多田智満子逝去」の文字があった。多田智満子は、彼の義母にあたったのだ。それでどうということはない。私が多田智満子の翻訳に魅了され、ユルスナールを読む悦楽を味わせていただいたことを、その同級生には伝えていない。伝え方が難しい。また伝えて、どうというわけでもない。だが、いつかひとこと伝えたいという気持ちでいる。

なお、ユルスナール・セレクションとして白水社から刊行されているシリーズの1冊にも「東方綺譚」が入っているが、訳者が異なるようだ。多田智満子訳の単行本『東方綺譚』(白水社・1980年)は古本で買える。
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by tenki00 | 2006-08-01 21:01 | haiku-manyuuki
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