前回取り上げた『現代俳句歳時記』(現代俳句協会編・1999)のもうひとつの特徴は「通季」および「無季」という不思議なカテゴリーが設けられ、頁が割かれている点だ。「通季」は「現代の生活の中で季節性が薄れ、どの季節と決め難くなっている季語」(金子兜太「序に代えて」以下同)で、例えば、シャボン玉、ブランコ、風車(かざぐるま)、相撲、鮨など。「無季」の項には、空、地球、ビル、人間、豆腐、牛など、かなりの数にのぼる語が収められているが、何を基準に無季語として登録されたのかは不明。「無季」を「歳時記」に含めた根拠については、金子兜太の一文を以下に引く。
歳時記に何故「無季」語が入るのかと疑念を持つ向きは、歳時記の成り立ちを承知していないのではなかろうか。歳時記の名称は、もともと中国の行事暦や生活暦に関する書を指している。これを季によって整理するようになるのは、連歌の発生普及による。(…略…)広義に受け取って歳時記とは「歳事にかかわる語の集成」とすることが歴史的も正しいのであって、これを単なる季語集とするのは狭い。歳事とは一年中の出来事であり、仕事の謂である。近代から現代へと私たちの生活は、海外からのさまざまな文化・文明を受容し消化しながら、拡大し複雑化してきた。それに伴って言葉も多様化し、季によって整理される語が増加する一方では無季の語も増えている。季語を増加させながら、無季語をも収録していく。それは自然な行為であって、歳時記のあるべき姿なのだ。 金子兜太の文章は勢いがあって、いい。勢いがあるから、信じてしまいそうだが、内容はかなり怪しい。 前半の「歳時記」の本来の意味はたしかにそうだろう。しかし。この本は「俳句歳時記」なのだ。また、話の本筋ではないが、「原則論は、実用主義には勝てない」という事態も、この『現代俳句歳時記』の立場を微妙なものにする。例えば、パソコンは情報処理の機械であるといくら謳っても、買う人の多くは「インターネットが見たいから」「年賀ハガキが自分でつくれるから」という理由で買う。圧倒的多数の俳人は、「歳事にかかわる語の集成」が読みたくて俳句歳時記を手にとるのではない。句を捻るため、あるいは他人の句を読むときの助けに頁をめくるのだ。 後半は、意味不明。「私たちの生活の拡大・複雑化」「それに伴って言葉も多様化」というあたりの雑駁さ(拡大・複雑化する以前の近代の生活って何? だいたいが生活の単純・複雑って何? 多様化する以前の言葉って何?)は大目に見るとしても、「無季語」収録が歳時記の「あるべき姿」であるとする論旨に説得性はない。 きっと、順序が逆なのだ。無季句が存在する(江戸期から現在まで)。これはたしかにそうである。「季語」によって整理される(従来の)俳句歳時記には、無季句は収録されない。当たり前だ。そこで、無季句を収録するために「無季」という不思議なカテゴリーが作られた。そう考えざるを得ない。例えば、「空」という「無季」語の項に挙げられた例句「君もさぞ空をどこらを此夕」(鬼貫)で、「空」を「無季」語として抽出し、「君」や「夕」を「無季」語として抽出しない、その根拠は見つからない。 もう一度言うが、金子兜太の散文は、いい。少なくとも私は好きだ。『一茶句集』とかいう本など、おもしろいぜー。素晴らしくがさつな文章なのだ。でも、「序に代えて」のこの部分はいただけない。 この『現代俳句歳時記』は、拠って立つところに説得力がないので、おのずと全体に「力」のない書物になっている。季語の解説はハンパだし、例句の部分は、現代俳句協会の「会員の作品集でもある」(金子兜太・同前)という有り難い代物で、バラツキは相当なものだ。例句の掲載された会員に買わせる「紳士録商法」は、他の多くの歳時記と同様。「おいおい!」と言いたくなる句の含有率は、ざっと見たところ、他のどの歳時記にも引けをとらない(抜群かもしれない)。 また、例えば、缶ジュースの缶に「露」がついているという句が、「露」(秋)の項の例句として収められているところなど、りっぱにトンデモ本の資格があると思うが、現代俳人にとっては、草葉だろうが缶ジュースだろうがコンクリート家屋だろうが、そこにある露は露、秋の季語、ということなのだろう。(露木茂は秋の季語? いや茂だから夏? いやいや無季語か? それとも「二季」というカテゴリーを新設するか) そういえば、これを底本に、学研文庫版「現代俳句歳時記」が刊行になっているらしい。 いずれにせよ、ひとつ言えるのは、本はまじめに作んなきゃあね、ということ。 念のために言っておくと、「まじめ」というのは「手間や時間をかけること」と同じではない(このへん誤解が多い)。この「現代俳句歳時記」も手間と時間はかかっていそうだ。誠にご愁傷様である。
by tenki00
| 2006-07-18 23:10
| haiku
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