「ほんっとに」

前世とか来世とか、あるいは霊的な存在とか、人間にいつもついてまわる観念だけれど、それをカジュアルに演出したテレビ番組がある。カミさんは、何がおもしろいのか、ニコニコ笑いながら観ている。

私は、そうしたものの「存在」を多くの人が信じ、多くの人が信じていないという社会的事実を承知しているというだけ。それ以外にとくだんの関心はない。信じろとも、信じるなとも、思わない。

たとえば、私の母は、20代の前半で両親を亡くした。私が物心つく頃にも、よく枕元に母の母が立ったという話をした。子どもだった私は、それを聞かされるたびに「夢を見たんだな」と思った。オトナになった私は、もうすこし複雑にモノを考えるようになった。母の心のありようについて、他人が、夢だとかなんだとか解釈するべきものでもなかろう。ましてや、そこに「科学」を引用する必要もない。母にとって、ずっと、母が必要だった。「死んだ」という事実を超えて、あるいは、その事実のゆえに。

(ざっくり言って)神秘的なことをまったく必要としないという人のほうが少ないかもしれない。なんか、そういうことが必要なのだ。

私の態度、わりあい鷹揚。

だが、それを商売にする人は別である。他人が何で食べていこうが知ったことではないが、ロクでもないと思う。何を信じようが勝手だが、この手のことを商売にする人間には嫌悪を感じる。だから、宗教的神秘やオカルトで演出された人生相談のような番組は、カミさんが観ていても、私は観ない。

ところが、観ていない私の耳にも、出演者(商売にしている人)のセリフが入ってくる。

「ほんっとに」「ほんっとに」という言葉がやたら繰り返される。やたら気張った口調で、「ほんっとに!」。

なーんだ。この人、自分が言ってること、嘘とわかって、しゃべっているんだ。この人、前世も来世も霊も信じてなんかいない。

人が「ほんっとに」と強調するとき、その人は、そう思ってはいない。よく聞いているといい。たとえば句会の句評で、「ほんっとに、いい句!」と、誰かが言ったとしたら、本心はまったくそう思っていないということだ。

って、むりやり俳句に話を持ってく必要もなかろうというくらい、むりやり。
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by tenki00 | 2006-06-29 00:47 | pastime
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