佐藤文香さんの100句

ハイクマシーンさんの御三方の作品(まとまった句数)を読ませていただくシリーズ。前回は、ユースケさんだった。ひきつづき、この3月、第2回芝不器男俳句新人賞・対馬康子奨励賞を受賞した文香さんの作品(100句)から、いくつか。

少女みな紺の水着を絞りけり  佐藤文香(以下同)

座五がすべて。「絞る」という行為で印象深い句となった。

むかし子ども向けのSF物語などで、異次元への抜け道といったモチーフがよくあった(別の時代へのタイムトンネルなども同類)。そうした「異次元へとつながる穴」は、日常世界のなかを彷徨うように絶えず動いている。偶然のように、ぽこっとその穴に嵌ってしまうわけだ。俳句も、そんなものかと思う。いや、そうした「穴」との邂逅こそが俳句的悦楽なのだ。

「絞りけり」の座五は、べつだん、どこか別の世界へと、私たちを連れていってくれるものではない。けれども、慣れ親しんだ日常(の風景)に、別の感触を与える力はもっている。これも、すぽっと俳句的な「穴」にはまったということと解していいと思う。ツボと言ってもいい。「そこ。そう、そこ、そこ!」というツボである。

「絞りけり」はまさにツボである。身体的なモチーフを扱いながら、身体性との(俳句的)距離を実現したのは、「少女みな」という三人称の叙述によるのではない。「絞る」という切り取りによるものだ。彼女らにとって、一枚の皮膚としての「紺の水着」を、「着る」のではなく、「絞る」ことによって、ストレートな距離が生じる。その景を切り取った作者との距離感もまた出色である。

文香さんの100句のなかでは、身体性、あるいは皮膚的なモチーフの句が際だつ。そして、いずれも、句に興趣を与えているのは、鮮やかな「距離」である(距離を保てずに、ベッタベッタに身体的な句をつくる女性俳人は多い。それに比べ、文香さんの手際はどうだ? 素晴らしくないかい?)。

青に触れ紫に触れ日記買ふ

色から色へと(作者の)指先の「触感」がわたっていく瑞々しさ。

人の手に化粧されゐて冬木の芽

みずからの顔に、他人の手が、違和とも親和ともいえず(まあ、違和かな)、触れる。

秋の湖しばらく息を吐かずにおく

身体のなかに「秋の湖」のすべてを取り込むかのような毅然、その爽快感。身体にとどまる息(空気)が「秋の湖」の肌理をもつ。

いずれも、身体とのクールな距離がある。また、日記の句での視覚と触覚の交換は、ちょっとした裏切り(俳句的技巧)が不足なく用意されているが、そのだんで行けば、次の2句。

かぎろひの熱を保てる映写機よ

傘差すに音のいろいろ芝青む

前者の「かぎろひ」と「映写機」は、やや予想範囲内(常套までは行かない)の仕掛けだが、ここでも、その相同の根拠となる視覚(つまり見た目)ではなく、「熱」をもってくる。後者。傘から、いかにも連想の先にありがちな「色かたち」行くのではなく、「音」に行く。

俳句的な興趣を醸し出す「思考のねじり」のような処理は、例えば、次の2句。

ヨットより出てゆく水を夜といふ

モノ(水)で時間(夜)を読む。観念的ではない。昼と直結するヨットから、昼を吐き出すように出ていく水を夜というのだから、ここには具体がある。

月白や滑走路より人離れ

人が離れるという行為を詠んで、滑走へと向かう飛行機の始動(微動)を暗示する。暗示とは、ほのめかしではない。読者の「読み」の動因となるということ。

だが、こうしたよく叙述された句とは別に、次のような句が、私には、さらに好ましく響く。

足長蜂足曲げて飛ぶ宝石屋

前半の足への着目は特記すべきことでもない(平凡とは言わないが)。この蜂が足を曲げて飛ぶのか、伸ばして飛ぶのか、それも私にはどうでもいいことだ。「宝石屋」という舞台を得て、この「飛び」は、なんとも言えぬ輝きを放つ。美しいというのではない。俗にまみれることで、聖性を帯びるといったたぐいの感興。なんだか知らないが、私にはとてもおもしろい句なのだ。

以上。誉めすぎた点も多々。私が興味を抱いた句を扱えば、こうなる。ピンと来ない句も多いが、これは当たり前である。いわゆる「出来ていない」といったものではない。いくつかの句は、なぜ、作者がそのことを句にするのか、その動機が伝わってこない、といったたぐいの不満の残る句がある。100句の並べ方は、作者が悩み、工夫を凝らすところだろうが、例えば、その冒頭、そして最後の句が、私にとってはそれに当たる。

ま、勝手な感想に過ぎないし、私の感想など、ちっともあてにならない。なんの因果か(実は偶然なのだが)、「誤読」の記事のすぐあとだし。

だが、なにはともあれ、あっぱれな句は、上に挙げたように多い。御健吟を。これからも楽しみに読ませていただきます。

ちなみに、勉強できまくる子の、字とノート↓ うわあっ!と驚いてしまった。※画像をクリック
http://newmicrowaveoven.blog45.fc2.com/blog-entry-53.html

受賞の100句はここ↓で読める。http://members2.tsukaeru.net/haikumachine/fukiosyo-ayaka.htm
[PR]
by tenki00 | 2006-05-15 23:40 | haiku
<< 俳句漫遊記78 高澤良一 誤読 >>