松本竜介

4月1日、松本竜助が亡くなった

漫才「紳助・竜介」のファンではなかった。あの頃の漫才ブーム(TV番組「ひょうきん族」がらみの)で売れた漫才のほとんどを、好きにはなれなかった。そのなかでも「紳助・竜介」の漫才は私の好みと遠い。全然笑えないし、楽しくもない。一片の良さも見つからない漫才だった。だから、松本竜助の死にも、その意味での関心はない。

「ガキ帝国」(1981年)に紳助・竜介は出演した。「俳優」として、紳助はまったくダメ。竜介は紳助をはるかにしのぐ存在感があった。

漫才がヘタなほうが、俳優としてサマになる。小林信彦がどこかで指摘していたが、同感だ。ビートたけし(北野武)は多くの映画に出演しているが、その理由が私にはわからない。俳優としてのビートたけしは1分も見ていられないくらいひどい。がんばって演技をしてくれればくれるほど、こちらが恥ずかしくなるといったたぐいのひどさだ(例外は「コミック雑誌なんかいらない!」の刺殺犯人役の名演)。それにひきかえ、ビートきよしは、いい。漫才はまったくダメだが、俳優としての存在感がある。

漫才の上手い紳助やたけしのパフォーマンスは、観客にまで手が届く、意識が届く。映画(ドラマ)でそれをやられたら、こちら(観客)は居心地が悪い。映画は小さな穴に目を当てて楽しむ「のぞきからくり」だ。箱の中の演者に、こちらの存在を悟られたくない。こちらの反応を、演者に計算されては居心地が悪い(それは監督の仕事)。紳助やたけしの演技には、その居心地の悪さがある。演技がヘタというのとはすこし違う欠点だと思う。

漫才のまったくダメな竜介は、俳優として生きていく気にはならなかったのだろうか?

愚鈍、あか抜けない、欲は深い、けれどもそれほど狡猾ではなく、愛すべき部分も微量だが持っている。私たちの中に確実に存在するそんな属性を体現する俳優になれたかもしれない。

哀悼。
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by tenki00 | 2006-04-02 01:05 | pastime
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