その南京虫は、母がその母からもらい受けたものだった。母方の祖母は早くに亡くなり、私に思い出はない。母は、動かなくなったその南京虫をyuki氏に預けた。私たちが結婚して、まもなくのことだった。修繕して動くようになったからといって、どうということもないのだろうが、それまで息子二人には相談する気も起こらなかったことを、ふと嫁に告げる気になったのだろう。yuki氏は南京虫をハンカチに包み、デパートの時計売り場へと持ち込んだ。古いものだけに、修繕などかなわぬだろうと私たちは話していたが、はたして、その南京虫がふたたび動き出すことはなかった。
チチと夜鳴く南京泣くなよと父 吾郎
いい句だなあと、読んだとたんに思い、そのあともずっとも気持ちに沁みてくる。こんなふうに「母」が詠まれた句を知らない。
添えられた吾郎さんの短文も味わい深いので、ご一読を(で、ついでに、短文の下にある人気ブログランキングの箇所もクリッククリック~)。