論理への誠実さ

前に紹介した『文明崩壊』という本、これを読んで一番印象深いのは、著者ジャレド・ダイヤモンドの「論理(ロジック)への誠実さ」である。

論理に対して誠実な態度とは、まず、論理をていねいに積み上げる態度。みずからの意見や感情や思いを先立たせるのではなく、論理を、できるかぎりの細心さと熱意をもって、丹念に積み上げる。自分の言葉に反省的であることも必須。想像力と感受性をフルに駆動させて、みずからの論理を相対化して、修正を加えながら、論理を構築する。

論理に対して誠実な態度は、人の心情も視野に入れる。論理に(みずからの)心情は排除する一方で、論理の背景に(他人の、すべての人の)心情をしっかりと据えることを忘れない。論理のための論理ではないから。自分のための論理でも、党派のための論理でもないから。

だから、論理に誠実な言説は、エレガントである。それと同時に温かい。

一方、論理に対して不誠実な言説は、どうか? それには2通りある。1つは、論理に誠実であるための「能力を欠いた」言説。論理の構築力が決定的に不足し、自分の使用した言葉への反省(検証)ができない。もう1つは、(能力はあっても)誠実であろうとする「意思を欠いた」言説。みずからの(あるいは党派的)心情・意見の正当性確保の「ためにする」論理。しばしば強力ではあっても、エレガントでもなく温かくもない。両者ともに品性を欠き、前者は寒く、後者は冷たい。

ちゅうようなことを考えているうちに、この本、売れ行きがいいようだ。現時点で、アマゾン内第7位。あの『東京タワー』と競っている。凄い。
[PR]
by tenki00 | 2005-12-25 20:21 | pastime
<< ひさびさの歌仙 「三大」俳句 >>