「大好きなアメリカ」との戦争

古川ロッパの開戦日当日の日記を引き写したエントリーに、「尻別川の畔より」さんからTBをいただいた。「開戦前から海外に傾向した東京暮らしもあったのだ!」とその記事にある。海外、さらに言えばアメリカに傾斜した生活が日本社会に浸透したのは戦後という先入観をお持ちだから、驚かれるのかもしれないが、実はそうではない。戦前にも、アメリカ文化は日本社会に浸透していた。現に戦前に生きておられた方ももちろん多数おられるなか、私がこんなことを言うのも変な話なのだが。

あ、話を始める前に言っとく。このエントリー、俳味は、ない。

敗戦によって、アメリカ文化が日本に押し寄せたと考える向きは多い。もちろん、それも間違いではないが、すでに戦前から、欧米(ことにアメリカ)文化はさかんに移入され、東京をはじめとする都会だけでなく、またハイカラを気取る上層階級だけでなく、日本社会の全体に浸透していた。あえて言えば、日本人は「大好きなアメリカ」と戦争をするハメになったのだ。このあたりのことがよくわかり、おもしろく読めるものとして、小林信彦『ぼくたちの好きな戦争』(新潮社)がある。参考資料ね。

私の祖母の妹は、空襲で飛来するアメリカの爆撃機を、「クラーク・ゲーブルみたいな人が乗っとるんやろか」(関西弁だ)と憧れのまなざしで見つめたという。もちろん、こんな暢気な日本人ばかりではなかっただろう。「あきれた妹」という脈絡での逸話だから、少々風変わりな反応かもしれないが、戦前から戦中のアメリカ文化の浸透度がわかる。

一方、「鬼畜米英」の語とともに伝えられる米英人憎悪については、どうだろう? これについては、ジョン・ダウアー『人種偏見』(TBSブリタニカ・原題 War without Mercy)に詳しい。日米両国間で人種主義的ネガティブキャンペーンが繰り広げられた結果、人間と人間の戦争ではなく、サル(米国民にとっての日本人)vs鬼(日本人にとっての米英人)の戦争となり、人類史上稀に見る「情け容赦のない殺し合い」となった経過が詳細に描かれている。つまり、たぶんに人為的に短期間に特定の目的(戦争)をもって醸成された憎悪であり、歴史的なものではない。

話を中心話題に戻す。日本にとっての欧米(文化)という話題だ。以前、調べものをしていて、ひとつ興味深いことがわかった。欧米からの輸入映画の本数構成比(欧州とアメリカ)が、関東大震災を境に急激に変化するのだ。震災以前は欧州からが多く、震災後はアメリカ映画が急増する。これって? 他の事柄を考え合わせて把握できたことを、ざっくり言えば、移入文化における欧米の「欧」から「米」へのシフトである。

日本の近代史の大きな区切りをどこに置くか。敗戦の1945年とすることは、まずできるだろう。しかし、文化史、サブカルチャー史としては、関東大震災(1923年)を区切りにしたほうが、ものごとがすっきりする(その手の分析は多数あるはずだが、ここに挙げることはできない。調べてらんない)。

関東大震災はローカル被害なのに、日本社会全体の変化に結びつけるのはおかしいという意見も出そうだ。しかし、そうでもないのだ。なにせ首都である。また、これを期に東京・横浜から地方都市へ拠点を移した人やビジネスも多い。大震災がもたらす変化は、ローカルにとどまらず日本全国に及んだ。震災後(だったか前後だったか)のサブカルチャーに興味がある人は、川端康成『浅草紅団』がオススメ。「あの川端康成がこれ?」と驚くほどの冒険活劇小説だ。トンネル抜けたり伊豆で踊ってたりは読んでられないが、この『浅草紅団』はほんと面白い。

1923年を文化史の区切りとしたうえで、アメリカ文化との関係をいえば、日米戦争は「区切り」ではない。1923年(1920年代とも言い換えられる)から現在までの連続した(文化的)日米関係(≒Americanization)の約80年間のなかの、特異な4年間(1941~1945年)と捉えるのが妥当だ。だから、鬼畜米英からギブミーチョコレートへ、今から思うとえらく断絶があるようにも思うが、そうではない。敗戦(終戦)によって「親密で大好きなアメリカ」への心理的回帰がもたらされたのだ。私はそう捉えている。私の祖母の妹は、占領軍の兵隊さんたちのなかにクラーク・ゲーブル(似)を探したかもしれない(見つかったろうか?どうでもいいけど)。

てなわけで、古川ロッパや徳川夢声が、開戦日当日、なんだかハイカラで欧米っぽい暮らしをしていたからといって、それが日本の中で特異だったわけではないということだ。もちろん、都会と田舎、貧富、階層によって、欧米文化の現れ方(現象面)は異なる。だが、ひと握りの人々にとってのみの、あるいは東京においてのみの「アメリカ文化」ではなかった。

以上が、ざっと把握している開戦日関係の事情。そこ、おかしんじゃねえの?といったツッコミはご遠慮なく。ただし、資料・データは現在それほど手元に整理されていない。ごそごそかき集める暇もない。だから、間違いや誤認、無理解については、すぐに「ゴメン!」と謝る。

ね? 俳味なかったでしょ? 御容赦。
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by tenki00 | 2005-12-10 02:47 | pastime
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