12月8日 Ⅱ

12月8日と聞いて、太平洋戦争開戦日を思うのか、ジョン・レノンが射殺された日を思うのかは、世代によって異なるのだろう。一般日本社会でそうなのだが、俳句は「12月8日」が季語のように扱われることから、その違いがいっそう際だつ。今日は、「12月8日」の句がたくさん作られる一方、「ジョン・レノンの忌」の句も膨大に作られるはずだ(現に私もすでに「俳句な毎日」で1句つくった)。

余談:力道山が赤坂のキャバレーで暴力団員に刺されたのもこの日ということを今日知った。だが、こちらはあまり話題にのぼらない(死亡は12月15日)。当時、ニュースの衝撃という点ではレノン射殺さるの報にそう引けをとるものではなかったように思うのだが。

で、ジョン・レノンの話。ビートルズは、私が子供というか若い頃は通過儀礼のようなもので(大袈裟ではなく)、聞くか聞かないか、関心か無関心か、ハマるかハマらないか、そうした違いはあるにせよ、誰もがビートルズの存在を自分の中に定めていく作業というものを経験した。それは音楽を超えて、ビートルズ的なものとの付き合い方といってもいい。

私はというと、聞いた、関心はきわめてあった(惹かれた)、ある時期までハマった。だが、世代的には「遅れてしまった世代」で、リアルタイムは映画「レット・イット・ビー」という中途半端さ。それでも解散後のレコードリリースはかなり敏感に追いかけた。私は、なんとなく「ジョン派」だったので、ポールのソロアルバムはまったく買わず、ジョンのソロ・アルバムはある時期まで全部、ほぼ出ると同時に買った。

ジョン・レノンというアルバム(ジョンの魂、略して「ジョンたま」という凄い邦題)の冒頭、鐘の音がゴーンゴーンと鳴り続けるのを、ほんとうに衝撃をもって聴き、ビートルズとは別の時代が始まったのだなあという感じはやはりした。

けれども、ジョン・レノンという人を信奉したわけではない(信奉者って多いんでしょ?)。ファンだったかいうと、ちょっと微妙なところがある。私にとって(キンクスのレイ・デイヴィスのような)絶対的なスターだったかというと、全然そうではない。ジョン・レノンを受け入れられなかった部分について簡単に言ってしまうと、メッセージ性なのだろう。いろいろ聞いたレノンのソロアルバムのうち、好きなのは「ロックンロール」というカバーアルバムだったり、Sometime In New York City というオノ・ヨーコが妙に顔を出しまくるヘンテコリンな2枚組アルバムのなかのフランク・ザッパとの共演ライブだったりする。それからしても、いわゆる「ジョン・レノン」という存在の世間一般に確立された「意味」とは違うところを聞いていたような気がする(今は全般まったく聞かないが)。

違う側面からわかりやすく言えば、「イマジン」という有名な曲、これが私は大の苦手で大嫌い。当時も「おっさん、おっさん、なにを、ぐだぐだ、ふやけたこと言うてんねん?」と(なぜか関西弁。だってまだ関西に住んでいたから)といった感じしか持てなかった(当時この曲は、ある意味「信仰」と言いたいくらいの受け入れられ方をした。音楽ジャーナリズムはほぼ宗教的な陶酔状態でこの曲を崇拝したように思う。だから、よけいに「ああ、気持ち悪!」と年端のゆかぬ私は忌避したのだろう)。この曲(アルバム)は1971年か。30年以上経つんだなあ。いろんなとこでこの曲が流れるのを聞くけれど、今でもやっぱり大嫌い。

すこし甘いことを言えば、ジョン・レノンはR&Bをシャウトやファルセットでやや乱暴に歌うとき独特のスピード感があって、それに魅せられたのだった。後期ジョン・レノン、なんだか気持ちの悪いメッセージ性とセットになったジョン・レノン像とは遠く離れた場所で、しかし「レノン忌」の句は毎年作るんだろうなあ、と、今日、12月8日に思っている。


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by tenki00 | 2005-12-08 13:50 | pastime
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